少年が青年と二人暮らしを始めるお話

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------------- 「男として最低だな」 事の次第を掻い摘んで説明した俺に、そいつは吐き捨てるように言った。 「上司から預かってた子なんだろ?」 「所長な」 「お前より年下なわけだろ?」 「…………七……だ」 「十七!? 六つも下じゃないか。それを強引に……ん? 普通、そんな年頃の娘を一人暮らしの男のとこへやるか? まさか……」 「預かってたのは、男……なんだ」 「ははーん。なるほどな。それで俺のとこに相談に来たのか」 合点がいったとばかりに、大きく頷くゆるいウェーブがかった赤髪の男。 こいつは、俺の学生時代からの付き合いで、 俺の知る中唯一、その……。男の、恋人が居る奴だった。 「それで? これからどうするんだよ。上司にばれたら間違いなくクビだろ?」 「ああ……。それが、な……あいつ……」 今朝のやり取りを思い浮かべる。 とにかく少年に謝り倒して、今夜から自分は一階のソファーで寝るからと、背を向けて立ち上がろうとした俺の腕に、小さな両手が縋り付いた。 「ま、待って、ガドさんっっ」 振り返ると、少年の表情はまるで捨てられた子犬のそれだった。 「僕、大丈夫だから! 痛くな……ぅ、えっと、痛いの我慢できるから!」 またじわりと涙を浮かべて縋る少年を、振り払うような真似も出来ず、俺はもう一度ベッドに座って少年に向き直る。 それだけで、少年は嬉しそうに表情を綻ばせ、不意打ちの微笑みに、俺の動悸は激しくなった。 おいおい……。 これは本格的にまずいだろう。 相手はこんな小さな……しかも男なんだぞ、分かってるのか俺!!!! 慣れない早さで刻む鼓動を必死で押さえつけつつ、少年の次の言葉を促す。 「……だから?」 悪いが、これ以上お前と向き合っていると俺の大事な何かが壊れそうなんだよ!! 内心で叫びつつ、少年の顔をおそるおそる見返した。 「僕と……今夜も一緒に……寝て……ください」 懇願するような、切なげな表情で見上げられて眩暈がする。 そのせいか、俺は自分が今なんて言われたのか理解できなかった。 「……え?」 自分でも気の抜けた声だったと思う。 それを間接的な否定と捉えたのか、少年の顔が一気に曇った。 「ダメ……ですか……」 「い、いやいやいやいや、ダメじゃない!! いや、そうじゃなくてだな!!!」 俺の剣幕に、少年がキョトンとした表情を返す。 「それは、俺が、お前を抱いていいってことなのか?」 少年の、くりっと見開いた瞳が、ゆるりとまどろむように瞬いて、同時に頷きが返ってきた。 な……なんだって…………!? 大きな驚きと、困惑と、そして確かな喜び。 嬉しいと思う僅かな気持ちを、俺はもう誤魔化せずにいた。 「俺に……その、こんなことされて、嫌じゃなかったのか?」 どうしても、これだけは聞いておきたくて、覚悟を決めて問いかける。 俺の真剣な眼差しに、少年もまた真剣に答えようと視線を絡めてきた。 何かを……いや、昨日の事だろう、それを思い出しているかのように、一瞬ぼんやりと焦点を失った瞳が、ふわりと細められる。 「……うん、えっと……嬉しかった」 いつもの敬語ではなく、素直な気持ちで告げられたその言葉に、少年は、花のような笑顔を添えて返した。 俺がはじめて目にした、少年の心からの微笑み。 ――っダメだ!! こいつ……なんか俺にはキラキラして見える!!! 窓から差し込む、既に朝日とは呼べない明るさの陽射しがこぼれる寝室で、俺は、目の前に座る少年のあまりの眩しさに目を細めた。 俺の話を聞いた友人が、ため息をひとつ吐いた。 「……なんだ。お前惚れられてるんじゃないか」 「惚れ――っ!?」 考えもしなかった単語に、一瞬面食らう。 そ、そうなのか? 俺は、あいつに、好かれてるのか……? 自分の顔が自然とにやけてくるのが分かる。 「俺の視界に入るところで気持ち悪い顔をするな。じゃあなんだ、お前は今日わざわざのろけ話をするために俺の家まで来たのか?」 それならもう帰れと言わんばかりの友人に、慌てて言葉を足す。 「いや、お前には聞きたい事があるんだ」 「……何だよ、下世話な質問なんかすんなよ? やり方なんて人それぞれだろ」 先手を打たれた回答に、俺はほんの少し言いよどむ。 「そ、それはそうかも知れないが、あいつはまだ……小さいから……。なるべく負担をかけたくないんだ」 「……そうか? 十七なら、そこまで……」 「……いや……」 「ん?」 俺の視線が泳いでいるのに気付いた友人が、その表情を引きつらせながら聞き返す。 「……いくつなんだって?」 「な……七つ……なんだ……」 「……」 「……」 「人として最低だな!!!!」 時が止まったかのようなしばらくの沈黙の後、赤髪の友人は今度こそ吐き捨てるように叫んだ。 「ああ、その通りだと、俺も、思う……」 「なんなんだお前!! いくらご無沙汰だったって、そんなちっちゃい子無理矢理襲うか!?」 「……っ俺だって、最初そう思ったよ!!」 「なあ、なんかの勘違いだろ? 俺には、お前がそんな事するような奴だとは思えないんだが……」 「けど、確かに、布団が汚れてたんだ……」 「……」 「……」 友人が、ひときわ大きなため息をつく。 「七歳だろ……?」 「ああ……」 「まだないな……」 「ないよな……。 それに、あいつにも、かかってた」 「お前ぇぇぇぇぇ……」 友人が、俺の襟首を掴んでガクガクと前後に振る。 「犯罪だろ!! まだほんのガキだぞ!?」 わかってるさ。 あいつの小さな体も、その高い声も、大きな瞳も、全てが幼さを主張してる。 だけど、いや、だからこそ……。 「だから、なるべく痛くないようにしてやりたいんだよ!!」 俺の叫びに、襟から手を離した友人が、ため息をつきながらこちらを見返した。 「お前…………本気なのか?」 赤髪と揃いの、垂れ目がちな赤い双眸が、こちらの真剣さを探っている。 「ああ」 たとえ、これが原因で、仕事を失う事になっても、この町に居られなくなる日が来るとしても。 ……あいつが成長して、俺の事を違う目で見るようになるとしても。 それでも、捨てられまいと、必死で俺に縋りついたあの顔を、俺に抱かれて、嬉しかったと答えたあいつの笑顔を、なかった事には出来なかった。 俺を睨みつけるようにしていた赤い双眸がふいとはずされる。 続いて、小さなため息。 「……わかったよ、俺に出来る事なら協力する」 観念したとばかりに肩をすくめて、そいつは答えた。
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