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4
私は私で、いつまでこんなことをしているのだろう。
私は、ドルチェリーナから職場までの道を歩いていた。もちろん、正木くんに会うためだ。
会うため、と言ってももちろん、会う約束をしているわけではない。昼休憩の時間にこの場所を歩いていれば、正木くんと会える確率が高いことが、先週明らかになったからである。
だがあれからは一度も会わない。さすがに恋愛の神様も、何度も偶然を引き合わせてくれるほど暇ではないのだろう。
だから私ができるよはその偶然の確率を少しでも上げる作業である。今日も実はこの道を歩いているのは三回目だ。一回目にコンビニに昼ご飯を買いに行ったときはすれ違わなかったので、二回目は食後の散歩という体で歩いた。そして今は、トイレを探している女として、この道を歩いている。もしこの道の様子をずっと見てる人がいたら、私のことを相当不審に思うだろう。なぜあの女は数分おきに同じ道を行ったり来たりしているんだろう、と。
だがそのとき、前方から光をまとっているような男性がこっちにやって来る気がした。その光源を見てみる。そこには正木くんがいた。小顔の丸顔。その上部を縁どるサラサラの髪。長い手足と、それを支える細すぎない身体。まるで王子の行進だ。
落ち着け、未華子。落ち着くのよ。
私は正木くんになんか興味ない。私は正木くんになんか興味ない。自分自身を洗脳するように強く念じ続ける。
「あっ」
だが、僅かに声を出してしまった。漏れ出てしまった。
「あっ」
正木くんも気付いたみたいだ。
「また会った! 最近よく会うね〜」
勇気を出して声を張り上げた。これも興味ないからこそ言える台詞のはず。この調子だ。
「ホントだね、今まで会わなかったのが嘘みたいだよ」
ああ、なんて爽やかな笑顔。いや、ダメダメ、私は正木くんになんか興味ない。私は正木くんになんか興味ない。心で一つ大きな深呼吸をする。
「あのさ、サチ覚えてる? 私の友達の今井佐知子」
「あー、今井さん。もちろん覚えてるよ。あの、少し小柄で目がくりっと大きい子だよね。たしか小学校のとき、自分と似た顔のカエルを教室に持ってきた」
そういえば、そんなこともあった。そのせいでサチは一時期、カエル姫と呼ばれていた。サチ。あんたの消したがってたカエルの黒歴史はまだちゃんと生きてるよ。
「そうそう! カエル姫のサチ。私、あの子とずっと今も遊んでるんだけどさぁ、なんか二人だと退屈しちゃって。今度、正木くんも一緒にご飯とか行かない? あ、もちろんそっちも友達呼んでくれていいからさ」
言いながら、自分でも踏み込んだことを言っていると思う。なんだ、この異性の友達に合コンをセッティングしてもらうようなやり口は。
「あー、いいね。じゃあまた誰か誘うの決まったら連絡するよ。ライン教えて」
「オッケー」
その「オッケー」と言ったところまではなんとか記憶があるが、私はそこから全身麻酔をかけられていたようにその後の記憶がない。あのあと、どうやって正木くんと別れて、どうやって職場まで帰ってきたかを思い出せない。それくらい思った通りに、ラインを交換できたのが嬉しかったのだろう。
今私の前には、普段は全く食べないコンビニで買った昆布のおにぎりと、大きな一本のカニカマがある。
そして、スマホを開くと正木くんの連絡先がある。円の中に、正木くんの後ろ姿が写っている。大丈夫だ、隣に彼女なる人物はいない。いたとしても、そんなこと知りたくない。知らなければ、幸福でいられるのだ。
私は真中先輩のことを思い浮かべ、また心で静かに謝罪した。カニカマを食べた。本物のカニのようだった。
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