六週目 マングースと一万円札

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六週目 マングースと一万円札

1 「おはよう」 「あ、おはようございます」  いつものように挨拶をするも、今朝の牧瀬先輩は怪訝な雰囲気を漂わせていた。おそらく、挨拶の際に私が目を合わせなかったからだろう。 「おはよう」 「おはようございます」  真中先輩のときも同様だった。  もう、誰も信じれない。  私は、そう思っていた。信じていた三人のうち、誰かが私を裏切ってタカヒロに私と正木くんの関係を密告していた。そう考えると、誰も信じる気になれなかった。  いや、そもそも私は三人を信じていたのだろうか?  私には近況を話させるくせに、自分のことや家庭のことを一切話さない牧瀬先輩。心の底では、私のことを心底馬鹿にしていたのかもしれない。面倒見の良い先輩のふりをして、私から情報を聞き出しそれを多方にペラペラと喋っている可能性もある。  それに彼女は自分のことを喋らないので、交友関係もよく知らない。だから、タカヒロと知り合いだったと言われても不思議ではない。もしくは、知り合いの知り合いにいたと言われても。  そして、真中先輩。彼女は逆に自分のことをペラペラと喋る。恋愛事でも失恋したって、おかまいなし。今回の佐川さんの件もそうだ。だが、今回私が助言した「佐川さんへの彼女の有無の質問」をしたあと、二人の関係性が気まずくなっていることに関しては私を恨んでいるかもしれない。今までの失恋とは少し具合が違う。そんな気がする。  だから万が一、先輩がタカヒロと知り合いだったとしたら、私と正木くんのことを密告したとしても不思議ではない。自分を騙した私を、道連れにしようという魂胆であろう。  ただ、気になるのは彼女がタカヒロと接点が全くなさそうだということ。言っちゃ悪いが、タカヒロが友達としてでも相手にするタイプには見えない。  そもそも、先輩は私以上に交友関係が少ないように見える。やはり繋がりは全く見えない。  そして、最後にサチ。正直、一番有り得そうなのがサチだ。中学校からの長い仲なので、あまり考えたくもないが。  だが、そうは言っても、彼女に絶大な信頼があるわけではない。関係が長いわりに「親友」という感じでもない。  おそらく、彼女の適当なところや、何も考えてなさそうなところがそうさせているのだろう。だが彼女のそういうところが、こちらも気を使わなくていいので楽なところでもある。何事も一長一短あると思うが、彼女はそれが顕著だ。  そして、彼女がタカヒロと知り合いである可能性。これも可能性としては全然有り得そうである。むしろ、三人の中では最も可能性が高いのではないか。  なぜなら、彼女は数回、実際にタカヒロと会ってるからだ。私を交えて三人でランチをしたこともある。タカヒロと私が付き合い始めの初々しいときだが。  さすがに彼女である私の前で、二人は連絡先を交換していなかったが、名前も顔も認識している以上、SNSなら躊躇なくフォローし合えるだろう。意図はわからないが、タカヒロがアクションをかけた可能性はあるように思う。さすがに、サチは自分から友人の彼氏にアクションをかけるほど性悪には見えない。  とまぁ、色々と考えてみたが、やはり密告者が誰かという結論はでない。  だが、もしその犯人がわかったとして、私はその人物にどうするのだろう。絶交を言い渡すのか、何もしないのか、それともまたナイフを突きつけるのか。  こう考えてみると、やはり人にナイフを突きつけるという行為は異常だ。その異常な行為を私はやってしまったのか。私も異常なのだろうか。 「そんなこと、ないよ」と、誰かに言ってほしいが、今はその誰かが視線の先には見当たらない。  正木くん……近くにいるはずなのに、仕事中は遠い彼を思い憂う。会いたい。あの爽やかな笑顔を瞳に入れたい。  タカヒロに水を差された格好だが、正木くんとは昨日会ったあとも毎日ラインが続いている。むしろ、前より内容が深堀りし合っている印象だ。次は映画に行こうなんて話もでている。  次は会うとなれば、四人で会った飲み会も入れれば彼と会うのは三回目だ。  たしか男女が付き合うことになる最も多いデートの回数は、三回目だとか聞いたことがある。そして、私達はその三回目に映画。どう考えても付き合うフラグが立っている。  スマホが光った。正木くんからのラインだ。胸が躍る。私は隣に座っている真中先輩に、内容を見られないように確認した。そもそも真中先輩はランチに夢中だ。心配はない。 『ミカさん、映画だけど今週の日曜の僕の仕事終わりはどう?』  そのメッセージを見て、胸が鼓動を高めた。憂鬱な気持ちが一瞬にして晴れ渡った。だが、正式に映画に誘ってくれた嬉しさもあったが、また日曜の夜か、という寂しさもあった。  日曜だと、二人とも翌日が仕事だから、夜を越えることはまたないだろう。それにまた正木くんは仕事終わりに来るのだろうから、昼から会うこともできない。だから本当は金曜か土曜がいい。  なぜ日曜なのだろう。いや、私が休みだから気を使ってくれてるのだろうけど、私のために彼の貴重な週二回の休みを使うことを避けられてる気もする。考えすぎだろうか。  それに日曜だと、会えるのがあと六日後だ。金曜よりも二日も遅い。私にはその二日が凄く遠く感じる。もうそれだけ、正木くんのことを考える割合が、自分の中でかなりを占めているのだ。  金曜日は、会えないの? と、提案してみようか。いや、駄目だ。重い女だと思われてしまう。今週に会えるんだ、我慢我慢。耐え忍ぶのである。  私は帰宅すると、適当に夜ご飯を済ませ、すぐにソファに横になりながら、現在上映中の映画情報を見ていた。 『遠回りするマングース』  その邦画のポスターには、草むらを歩くマングースの姿があった。私はこれまで言葉でしか見たことのなかったマングースという生物の姿を、初めて見た気がした。  変わったタイトルだと思ったが、ネットの口コミ評価は高く、最後はあまりの切なさに涙する女性が後をたたないらしい。私はマングースで泣けるのだろうか、不安になった。  というのも、正木くんがこの映画を観ようかと言ってきたのである。彼の好みではなさそうだが、まさか私に合わせてくれたのだろうか。  私は邦画はあまり観ないのだが、サチが好きそうなベタベタの恋愛映画よりは面白そうだったので、即答で彼の誘いに乗っかった。  正直言うと、映画が面白いかどうか、マングースが遠回りしようが近道を通ろうが、どうでもいい。正木くんとなら、やじろべえが動くだけの映像を二時間観るだけの映画でも、私は行くだろう。  時計を見る。もう一時五分前だ。そろそろ、店を出ないといけない。  今日の昼休憩は牧瀬先輩とも真中先輩とも顔を合わせたくない気分だったので、コンビニのイートインでご飯を食べていた。  こんなところ、万が一マサくんに見られたら恥ずかしいと思ったが、それはそれで良いと思っていた。会えた喜びのほうが、恥じらいを間違いなく上回るだろうからだ。  だが、私がハムと卵のサンドウィッチを食べ終わっても、マサくんはコンビニにやってこなかった。  こちらから昼休憩にわざわざ会いたいと言うのも、プレッシャーに感じられたら嫌なので言えない。  私は無念の表情で店を出る。やはり、同じサンドウィッチでも、あのカフェのバカでかいサンドウィッチを食べればよかった。あっちなら会えたかも。きりがないことを考える。  でも、大丈夫。日曜日には会える、と自分に言い聞かせた。何度も何度も。
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