六週目 マングースと一万円札

2/6
前へ
/26ページ
次へ
2  日曜日はゆっくりと、だが着実にやってきた。私はその日を、間の他の曜日が記憶にないくらい待ち焦がれていた。  私は正木くんとの待ち合わせ時間の八分前に着いていた。彼の姿はまだない。スマホで興味もないネット記事を見る。視線はスマホだが、意識は街中の景色。正木くんはまだ来ない。雑踏の人たちの顔が冷たく見える。  あっという間に待ち合わせ時間が過ぎていく。正木くんはまだ来ない。視線をスマホに移すのも辛くなってきた。スマホを閉じる。あたりの若者たちに目をやる。皆幸せそうに、楽しそうに見える。  時計を見る。待ち合わせ時間を六分も過ぎている。どうしよう。  そのとき、見覚えのある体格の男性が近付いてきた。正木くんだ。モスグリーンのジャケットを着ている。だが、いつもより表情が冴えない。遅刻を申し訳なく思っているのだろうか。そんなのいいのに。 「お、お待たせ、ごめんね」  そう言う正木くんの表情はぎこちない気がした。笑顔も引きつっているような気がする。 「い、行こっか」 「う、うん」  前回会ったときよりも、遥かにぎこちなくなった二人の間の空気に、喉が詰まりそうになる。喋る言葉も出てこないし、そもそも何も思いつかない。  そうして、二人で黙ったまま気付けば映画館の席についていた。「ポップコーン買う?」のやりとりもなかった。  どうしちゃったんだろう? その疑問を考えると胸が苦しくなるのでひとまず映画に集中することにした。 『遠回りするマングース』は中々面白かった。だがマングースが一度も出てこなかったのには驚いた。彼氏が突然事故で死んでしまったり、父親が借金苦で失踪してしまったり、残された母は彼氏を作って貢いでしまう。そのような周りが偶然とも言える災厄に見舞われる中、主人公は大学も退学し、小学校からずっと続けていたバレエもやめた。順風満帆だった二十歳くらいまでの人生から、一気に人生の遠回りをするという話で、主人公がマングースだということだったようだ。私はそのマングースになぜか自分を重ね合わせていた。  そう。今日の正木くんとの気まずい雰囲気も、きっとただの「遠回り」に違いない。自分に言い聞かせていた。  だが映画館を出ても、マサくんとの気まずい雰囲気は依然として残っていた。もはや、今夜はこれで解散のような雰囲気だ。  そんなの絶対に嫌だ、と思い私は夜ご飯を食べに行くことを提案した。 「う、うん。行こっか」  マサくんの返答はかなり悪い。 「あ、そういえばマサくん、この前『カレーなら週三回食べてもいい』って言ってたよね。私、このへんで美味しいカレー屋さん知ってるよ、行く?」  実は予め調べておいたのだ。正木くんがそう言っていたので、この界隈で人気のカレー屋を。  ところが、私がそう言うと、マサくんはますます顔色を悪くしていった。かなり具合が悪そうに私をチラリと見た。本当にどうしてしまったのだろう。 「あの、ちょっと俺、どうしてもやらないといけない残業残してきたの忘れちゃってさ。ちょっと、悪いけど職場戻るわ」  正木くんはそう言うと、私の返答を聞く前に、一目散に去っていった。途中でこちらを一度振り返り、立ち尽くしている私を見ると、安心したように少しスピードを落とした気がした。だがもちろん歩みは止めない。  私、何かいけないこと言ったのだろうか。全く、心当たりはなかったが、正木くんが行ったのは職場ではないということくらいは、なんとなくわかった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加