六週目 マングースと一万円札

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3  やはり私は、遠回りをするマングースなのだろうか。つらいことがあると連鎖していく。いや、誰しもそうなのだろうか。それこそが人間の本質なのだろうか。  玄関を開けると、先週の日曜にもあった見覚えのある男性の靴がまた鎮座していた。鎮座という言葉が似つかわしくないほど、乱雑に脱がれていたが、私にとっては鎮座という表現がふさわしいほど重々しく、またそれが憎々しく見えた。  先週と違うのは私のコンディションだ。先週は初めて正木くんと二人で会った日で、お酒も入ってほろよい上機嫌真っ只中だった。心は充足感で満ち溢れており、まだタカヒロという存在を受け入れる余裕があったのだ。だが今夜はとてもじゃないが、そんなものはない。  私はリビングにいる彼を、見るなり睨みつけた。 「今日もお遊びか? ご盛んですな」  その言葉を聞いて、なにかが切れた。脳のどこかにあるであろう我慢する神経が、ナイフでスルリと切れてしまった。 「おや? 先週と違って、今夜はうまくいかなかったのかな? えらく具合が悪そうですな」  その言葉を聞き終わった瞬間、私はタカヒロの首元に飛びかかっていた。  私の両手で首を絞められたタカヒロは苦しそうな顔をしていたが、そこは中肉中背の成人男性、私の両手をはずしベッドの脇に投げ飛ばした。  私は隅のゴミ箱に頭をぶつけた。まるで、自分がゴミだと言われてるようで不快だった。自然と涙が出た。いったい何の涙なのかわからなかった。 「なにしやがんだ、この浮気女!」  首を押さえながらタカヒロが吠えた。私は激しい自分の動悸を押さえることで精一杯だった。 「そんなんだから、結局俺以外の男には相手されないんだよ、お前は」  私はその言葉で確信を持った。やはりタカヒロは密告者から私のことを聞いてる。でも、相手にされなかったのは、ついさっきのこと。どうして、こいつがそれを知り得るんだ? 「気になってるようだな、なぜ俺がお前が数人にしか喋ってないことを知ってるか」 「数人しか知らないというか、今日あったことも知ってる感じじゃない? どうして? まさか私に盗聴器でもつけてるの?」  自分で言っておいて、タカヒロならやりかねないことだと思った。ふと、自分の鞄の中を漁る。  タカヒロは、冷ややかな目で鞄を漁る私を見ている。そして口を開いた。 「つけねえよ、盗聴器なんて」  そんなこと言われても信じられない。 「わかった。教えてやるよ、誰にお前の情報を聞いていたか。俺も、もうやけくそになってきてるからな。決着をつけるときかもしれん」 「どういうこと?」  鞄からアメニティグッズを忍ばせていたポーチが落ちた。 「今から連れてってやるよ。お前の情報を流している重宝人のところに」 「ほんと?」  一瞬、私を騙そうとしてるのではないかと思ったが、曲がりなりにも三年間この男と付き合っていて、この言い方は嘘ではないと思った。  そして、二人でドアを開けて外へ出た。何年ぶりだろう、二人で一緒にこの扉を開けるのは。  扉を開けると、そこには先程帰宅したときよりも濃くなっている暗闇が待ち受けていた。そこには確実に遠回りが待っている予感がした。
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