六週目 マングースと一万円札

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4  都心部の方向に急行電車で二駅分、進んだところの駅で「ここだ」と、隣でハードロックな声でタカヒロが言った。彼の声は普段もっと高い。密告者を暴く、ということで刑事気分に浸っているのだろうか。  私も彼に続いて降り、慎ましくタカヒロの背中を見ながら五分ほど歩いた頃だった。 「ここだ」と言って以降、一言も発さず歩いていたタカヒロが、突如スナックやバーの入った雑居ビル付近で足を止めた。「ブラックタロス」「ラ・モール」「マッドナイト」といった名前の怪しげな店が入っている。 「ここに、私をハメた犯人がいるの?」  私はその蠱惑的に漂う雑居ビルを指して言った。今さらだが、本当にそんな人いるのだろうか。私はタカヒロが嘘をついていないと思ってついてきたが、そもそもそのこと自体が間違いだったのではないのか。  なぜ、彼女を隠し撮り画像で脅して、セフレ状態にし続けている男を信じてしまったのか。所要時間や交通費は大したことないのだが、この男に騙されたとすれば、それ自体が情けなくて腹が立つことに思えた。  だが、私の質問に対するタカヒロの答えは意外なものだった。 「違う、あっちだ」  タカヒロが指し示した方向には明るいネオンが光るラブホテルがあった。  ピカピカと『チャーミーモモカ』という名前のロゴが光っている。創業者の愛人の名前からつけたのだろうか、というような名前のホテルだ。その雰囲気は、真横の雑居ビルとは対極のように見えた。 「え、ラブホテル? 本気?」 「あぁ、行くぞ」 「えっ!?」  困惑する私をよそに、またタカヒロは進んでいく。振り返り、立ち止まる私を見る。   その行為をされるのが、今日初めてではない気がした。そうだ、今夜正木くんにも帰り際されたのだった。だが、そのあとが違った。  立ち止まっている私を見て、タカヒロは呆れた表情をしていたが歩みを止めた。私を待っている。悔しいことに、私は彼の元に歩いていった。 「さっさとしろ」  彼はその言葉に私から何も返ってこないのがわかっていたかのように、私を見ずにホテルに入っていった。  無言でついていくと、部屋の番号のパネルと、その下に中の様子が映っている画面がある。  日曜だということもあってか、ほとんどの部屋が空いていた。彼は少し安堵した表情で二〇六の部屋を押した。隣の二〇五の部屋のパネルは暗くなっていた。まさかと思ったので、向かう途中のエレベーターの中で訊いてみた。 「まさか、私と久しぶりにホテルでやりたいからここまで誘ったんじゃないでしょうね?」  私の冗談を彼は無視した。 「無視? てことは、今あんたが押した隣の部屋にその私をハメたやつがいてるってこと?」 「……さぁな」  彼はそう言って、白い歯をのぞかせた。それは、私の推測が当たっているということを確信させた。  だがその予想に反して、彼は目的のはずの二〇六号室を素通りして、入口上部についた部屋番号が印字されたランプが点滅している二〇五号室に入った。 「やっぱり私と非日常感を味わいたいだけ?」 「うるせえな。最初は自分たちの部屋に入らないと、店側に怪しまれるだろ。外のランプつきっぱなしなんだからよ。というか、そういうお前こそ、ちょっとワクワクしてるんじゃないか? さっきからその話ばかりしてよ」 「うるさいわね。そんなわけないじゃない」  私は勢いよく鞄を放り投げた。  彼は「フッ」と笑いながら部屋から出ていった。私は追いかけるようについていく。振り回されてばかりの自分が嫌になる。  ピンポーン  タカヒロは二〇五合室の前に着くなり、インターホンを押していた。 「はい」  男の声がする。その声にはどこかで聞き覚えがあった気がするが思い出せない。そこまで自分と関わりのある人物ではないのか。 「ご利用ありがとうございます。お客様の部屋の前にお札が落ちてたもので、お届けに参りました」  タカヒロは堂々と嘘をつく。さらにハードロックな声は消え、ホテルマン風の声になっていた。それが無性に気持ち悪かった。 「あれ、落としたかな?」  声の主はそう言いながらも、すぐに「開けますね」と言い、そのあとすぐに扉が開いて姿を現した。  その男は、いつもうちの職場に来てくれている宅配の佐川さんだった。 「え?」  と言って、佐川さんはタカヒロの顔を見て、たじろいでいた。そしてさらに私の顔を見て、たじろぎを深めた。  その隙に、タカヒロは部屋に押し入った。佐川さんが止めようとしたが、その手を振り払い、扉を全開にした。そして私に手招きをする。  私が一歩踏み出したとき、部屋の中から音がして「何の騒ぎ?」と女が出てきた。  その女は、真中先輩だった。    私と先輩は、見つめ合ったまま両方とも動かなかった。 「こういうことだ」  タカヒロが言う声が聞こえた。私はまだ何が起きているのか、理解できなかった。
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