一週目 ナイフとコンドーム

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3  けたたましい鼾をかいて隣で、タカヒロが寝ている。  最近良く考える。  セックスってなんなんだろう。  以前は愛を高めることや、少なくとも愛の確認だと思っていた。だが、今の私はむしろ逆だ。毎週、嫌悪の確認をしている。検温ならぬ嫌悪確認。  何度やっても同じ行程、同じ光景。 「人生に一日として同じ日はない」とかいう言葉を聞いたこともあるが、私に言わせれば同じ夜ならある。それが私とタカヒロの土曜の夜だ。  私は昼過ぎに仕事を終え帰路につく。帰りにスタバの新作を一週間勤務のご褒美に買う。家に帰ると、スタバの残りを飲みながら溜まっていたドラマの再放送を観る。 「最近のドラマはどれも大袈裟でワンパターンだな」と五年くらい言い続けている。実際には言わずに心で思っている。でも観る。  スタバの新作も途中で飽きてシンプルなものにすればよかったと心でつぶやく。でも飲む。自分を騙す。  ソファで寝転びながら、なんとなく足を動かしてみる。それは、本当に動かしてみるだけだ。  スマホでインスタを見る。ひたすらスクロールして友達の投稿に心のないイイネを押す。押して押して押しまくる。心のないイイネは敗北に似ている、と感じる。それでも押す。  気付けば、夕方。パスタを茹でる。少し高級志向のスーパーで買ったパスタソースを絡める。気分が乗ってるときはパスタを盛り付けのときひねってみる。そういえば、ここ二年くらいひねっていない。  パスタを食べ終わって、日が落ちて気分も落ち込んだころ、タカヒロがやってくる。インターフォンも押さずにやってくる。何も言わずに入ってくる。サザエさんに出てくる三河屋のサブちゃんでも裏口から威勢よく挨拶して入ってくるのに。  彼はプレゼントをくれないサンタクロース。だがうちの家には煙突がない。あれば、もう少し彼が来てからの空気はよくなるのだろうか。  いつも地元の“連れ”とやらと晩御飯を食べて満腹の彼は、テレビを見て文句を言うときと、連れの話をするときだけ口を開く。  食欲が満たされ、残りの二つの欲求を果たすのを待っている狛犬のように彼は基本動かない。  テレビのバラエティの内容が下品になるにつれて彼も下品になる。  私の乳房を服の上からまさぐる。一応のキスをする。キスをしながら、またまさぐる。彼の中では一応段階を踏んでいく。  私の下半身に手を伸ばす前に、彼は必ず私のワキをちょんちょんと触る。なぜ、そんなことをするのかはわからないし、今更訊けない。そんなところ触られて声を出したこともないのに。儀式だろうか。サッカー選手がピッチに左足から入る、みたいな。それなら、私が口を挟むことではない。だが意味のない儀式は一刻も早くやめてほしい。  儀式のあと、彼は指を私の中に入れる。初めは一本。次は二本。にやけながら、私の顔を見てくる。「これだろ?」と言いたげな表情。別に「これ」じゃない。でも一応「これ」よ、という顔はしておく。彼のプライドを傷付けると後々ややこしいことは三年の歳月が教えてくれた。  これが終わると、彼の“これ”を私の中に入れる。いつも同じ角度、同じリズム、同じ時間で彼は同じ工程を踏む。工場の機械のように、規則正しく向上心も探究心もなくしたリズムで動いた後、彼は陰部から鬱憤を噴き出す。  そして一仕事終えた顔をして、残った最後の欲求を叶えるため目と口を閉じる。  私は、ちらりと横をうかがう。  鼾が途切れて、一瞬息が止まったようになった。身の危険を感じたのか。そういうところだけは勘がいい男だ。
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