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私は食べ慣れない異様に大きなサンドウィッチを頬張っていた。それは「オーバードライブハムエッグサンド」とメニューに書いてあったものだった。
今までオーバードライブというものがどういうものなのかわからなかったが、なるほど、これがオーバードライブなのか。
顎が外れそうなほど口を開けて、一人カフェでオーバーでドライブなランチをしていたが、こんな姿を正木くんに見られでもしたら本末転倒だと思い、急いで食べきる。
ドルチェリーナ店内はお昼どきということもあって、空席がほぼない。確かにこの状況で正木くんが来たら、さりげなく相席を勧められる。
だが、店内に彼の姿はなかった。さっきトイレに行くふりをして、全席を見回ったがいなかった。これじゃ本当にストーカーだ。ストーカーって、おじさんが若い女子に対してするもののことだと思ってたけど、意外と広義なものかもしれない。
サンドウィッチの皿が空になったあとも私は粘った。美味しくも不味くもないホットコーヒー片手に、約一時間弱カフェの中で粘った。待った。でも、正木くんは来なかった。
そりゃそうだ。確率的に低すぎる。でもこういうのって、普通なんだかんだで来たりするんじゃないの? 私が帰ろうとしたら、レジで正木くんがオーバードライブツナエッグサンド頼んでて、
「あ、星野さんは“ハム”のほう頼んだんだ」
「そういう正木くんは“ツナ”なんだね」
とか、言い合うんじゃないの?
そして一ヶ月後とかには付き合って、
「あのときのオーバードライブサンドが僕たちを引き寄せたんだね」
「そうだね、オーバードライブラブだったのかもね」
「あっ、正木くん、今韻踏んだでしょ? ドライブとラブで」
「バーカ、踏んでないよ」
「正木くん……」
「未華子……」
ってなったりするんじゃないの? 夕暮れの波止場とかで。
はぁ……だめだ、だめだめ。妄想ばっかりしてるじゃん、私。妄想するとき、夕暮れ多いし。はぁ、成れの果てだわ。さ、帰ろう。
満腹の胃とは対照的に、心はどこかやりきれない無念の気持ちで私は店を出た。どこか名残惜しい気持ちで、ギリギリまで外観を首を曲げて見ていた。誰かに見られたら変な風に見られているかもしれない。
「あれ? 星野さん?」
突然、進行方向から話しかけられた。この声は、まさか……
油断していた。なぜか、私はドルチェリーナばかりを警戒していた。なぜそちらからしか、やってこないと思っていたのだろう。
彼は、私の死角からやってきた。ドルチェリーナのほうにダチョウのように首を伸ばしている私の死角から。
首を戻す。やはり正木くんだった。何か言わなければ。
「あ、正木くん。奇遇だね」
アメリカンな話し口調の自分に違和感を覚える。
「うん。やっぱり、このへんで働いてたんだ?」
「うん、そう。だからこの間、店寄ったんだよ〜」
そしてコンドームを買ったんだ。
「そうなんだ。でも、ほんと奇遇だね。急にこの短期間で二回も会うなんて。最近じゃないでしょ? このへんで働き始めたの」
「う、うん。そうだよ。結構前から向こうのビルで事務の仕事してる」
私は震える手を必死に隠して自社ビルを指差した。
「え! あそこで働いてるんだ! 近いね、俺の勤務先と」
「そ、そうだね」
何が、そうだね。だよ! なんか気の利いた言葉返せよ、私。あぁ、だめだ。言葉が何も出てこない。
「……」
ほら、正木くんも困ってるじゃない。ほらほら、早く何か言わないと!
「じゃ、またね」
「う、うん」
行ってしまった。
何も盛り上がることなく、正木くんは行ってしまった。なぜ、何も言えなかったんだろう。そうだ、正木くんが「俺たち勤務先近いね」的なことを言ったから、つい意識してしまったんだ。
「次は、昼休憩の時間合わせてご飯一緒に行こうよ」とか、
「家の最寄り駅変わってないよね? 今度帰りの時間一緒だったら帰ろうよ」とか、頭の中では攻めの言葉を思いついてしまったものだから、変に意識しちゃったんだ。で、結局言えないうえに、他の話で盛り上がることもできずに終わり。
はぁ。やっぱり私駄目だ。意識してる人相手だと、こんなに喋れないなんて。そもそもタカヒロとも、ちゃんと付き合ってたと言えるのは最初の一年位だから、丸二年くらい恋愛してないに等しい。
これじゃ恋愛未経験の人とたいして変わらないのではないか。ということは、「あの人」と同じレベルになってしまったのか。いや、さすがにそれはないか。あの人と一緒のところまで落ちたら終わりよね。
と、ある人を心で思っていたら、その人を見つけた。彼女はコンビニで、昼ご飯を爆買いした袋を持って意気揚々と歩いていた。
いつものように炭水化物祭りするのかなぁ。だからあんな、ぷくぷく河豚のように膨らむんだよ、モテないんだよ、真中先輩は。
でも、きっとそれが望みなのだろう、先輩は。よし、次は真中先輩を誘ってご飯行こう。
「せんぱーい」
私は、声色を高くして真中先輩に手を振りながら近付いていった。
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