二週目 サンドウィッチとラングドシャ

3/4
前へ
/26ページ
次へ
3  私は食べ慣れない異様に大きなサンドウィッチを頬張っていた。それは「オーバードライブハムエッグサンド」とメニューに書いてあったものだった。  今までオーバードライブというものがどういうものなのかわからなかったが、なるほど、これがオーバードライブなのか。  顎が外れそうなほど口を開けて、一人カフェでオーバーでドライブなランチをしていたが、こんな姿を正木くんに見られでもしたら本末転倒だと思い、急いで食べきる。  ドルチェリーナ店内はお昼どきということもあって、空席がほぼない。確かにこの状況で正木くんが来たら、さりげなく相席を勧められる。  だが、店内に彼の姿はなかった。さっきトイレに行くふりをして、全席を見回ったがいなかった。これじゃ本当にストーカーだ。ストーカーって、おじさんが若い女子に対してするもののことだと思ってたけど、意外と広義なものかもしれない。  サンドウィッチの皿が空になったあとも私は粘った。美味しくも不味くもないホットコーヒー片手に、約一時間弱カフェの中で粘った。待った。でも、正木くんは来なかった。  そりゃそうだ。確率的に低すぎる。でもこういうのって、普通なんだかんだで来たりするんじゃないの? 私が帰ろうとしたら、レジで正木くんがオーバードライブツナエッグサンド頼んでて、 「あ、星野さんは“ハム”のほう頼んだんだ」 「そういう正木くんは“ツナ”なんだね」  とか、言い合うんじゃないの?  そして一ヶ月後とかには付き合って、 「あのときのオーバードライブサンドが僕たちを引き寄せたんだね」 「そうだね、オーバードライブラブだったのかもね」 「あっ、正木くん、今韻踏んだでしょ? ドライブとラブで」 「バーカ、踏んでないよ」 「正木くん……」 「未華子……」  ってなったりするんじゃないの? 夕暮れの波止場とかで。  はぁ……だめだ、だめだめ。妄想ばっかりしてるじゃん、私。妄想するとき、夕暮れ多いし。はぁ、成れの果てだわ。さ、帰ろう。  満腹の胃とは対照的に、心はどこかやりきれない無念の気持ちで私は店を出た。どこか名残惜しい気持ちで、ギリギリまで外観を首を曲げて見ていた。誰かに見られたら変な風に見られているかもしれない。 「あれ? 星野さん?」  突然、進行方向から話しかけられた。この声は、まさか……  油断していた。なぜか、私はドルチェリーナばかりを警戒していた。なぜそちらからしか、やってこないと思っていたのだろう。  彼は、私の死角からやってきた。ドルチェリーナのほうにダチョウのように首を伸ばしている私の死角から。  首を戻す。やはり正木くんだった。何か言わなければ。 「あ、正木くん。奇遇だね」  アメリカンな話し口調の自分に違和感を覚える。 「うん。やっぱり、このへんで働いてたんだ?」 「うん、そう。だからこの間、店寄ったんだよ〜」  そしてコンドームを買ったんだ。 「そうなんだ。でも、ほんと奇遇だね。急にこの短期間で二回も会うなんて。最近じゃないでしょ? このへんで働き始めたの」 「う、うん。そうだよ。結構前から向こうのビルで事務の仕事してる」  私は震える手を必死に隠して自社ビルを指差した。 「え! あそこで働いてるんだ! 近いね、俺の勤務先と」 「そ、そうだね」  何が、そうだね。だよ! なんか気の利いた言葉返せよ、私。あぁ、だめだ。言葉が何も出てこない。 「……」  ほら、正木くんも困ってるじゃない。ほらほら、早く何か言わないと! 「じゃ、またね」 「う、うん」  行ってしまった。  何も盛り上がることなく、正木くんは行ってしまった。なぜ、何も言えなかったんだろう。そうだ、正木くんが「俺たち勤務先近いね」的なことを言ったから、つい意識してしまったんだ。 「次は、昼休憩の時間合わせてご飯一緒に行こうよ」とか、 「家の最寄り駅変わってないよね? 今度帰りの時間一緒だったら帰ろうよ」とか、頭の中では攻めの言葉を思いついてしまったものだから、変に意識しちゃったんだ。で、結局言えないうえに、他の話で盛り上がることもできずに終わり。  はぁ。やっぱり私駄目だ。意識してる人相手だと、こんなに喋れないなんて。そもそもタカヒロとも、ちゃんと付き合ってたと言えるのは最初の一年位だから、丸二年くらい恋愛してないに等しい。  これじゃ恋愛未経験の人とたいして変わらないのではないか。ということは、「あの人」と同じレベルになってしまったのか。いや、さすがにそれはないか。あの人と一緒のところまで落ちたら終わりよね。  と、ある人を心で思っていたら、その人を見つけた。彼女はコンビニで、昼ご飯を爆買いした袋を持って意気揚々と歩いていた。  いつものように炭水化物祭りするのかなぁ。だからあんな、ぷくぷく河豚のように膨らむんだよ、モテないんだよ、真中先輩は。  でも、きっとそれが望みなのだろう、先輩は。よし、次は真中先輩を誘ってご飯行こう。 「せんぱーい」  私は、声色を高くして真中先輩に手を振りながら近付いていった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加