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もう夕方だというのに、行き場をなくした蜃気楼は、飽きずに坂道の像を震わせている。目の前の夏は頑固な油汚れみたいに、いつまでたっても、ちっとも私の肌に馴染まない。眉毛に溜まった汗をひとしきり拭って、鼻をつまんだ。店の裏はゴミ捨て場に隣接している、店の裏にはまかないを食べるための小さな椅子と机だけが置かれている。葦で編み込まれたほつれだらけの衝立から出る、生ゴミの匂いは凄まじい。 うだるような暑さが運ぶ風が肺に入るたび、息をするのさえ嫌になる。夏は残酷だ。ありのままでいられない、不安の影ばかりを街の至る所にしょいこませる。 夏に飲み込まれれば、美味しかったはずの食べ物だって区別がつかないぐらいに腐ってしまう。目の前で湯気を立てる、ハヤシライスですらそうだ。今日なら、半日外に置いただけで、食べられなくなるだろう。 私は未だに、おばあちゃんのハヤシライスを超えるほどの夏の存在意義を知らない。
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