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それから一週間が経った頃、夕方の営業所に奏大が一人でやってきた。
私はお客様と契約の最終確認をしていたのだが、奏大はそれが終わるのを待つつもりのようで、里帆ちゃんに一言二言話すと、待合の席に座っていた。
「ごめんね、お待たせ。」
契約の話ではないだろうからと、私から待合の席に出向いた。
「ううん、俺の方こそ急に来てごめん。」
そう言った後で、奏大はもう一度「ごめん。」と頭を下げた。
「今回の件、いっちゃんにたくさん迷惑をかけたよね。」
「大丈夫よ。気にしていない。」
最終的には美麗さんのやる気満々の姿を見られたのだから、良しだろうと思っている。
「美麗とはあの後にすぐ別れたんだ。婚約者とか関係なくね。私、もっと動画を作りたいって言っていた。俺、全然知らなかった。美麗がそんなに動画制作に熱を注いでいただなんて。」
奏大は少し力なく笑った。
「俺、いつも大事なことを見誤ってしまうところがあって。仕事ではそうでもないんだけど、恋愛事とか女性の気持ちには疎くて駄目だね。」
「そんなことないよ。それ以上に奏大は優しいから。それに、間違ったと思ったら、きちんと謝る強さも持っている。」
あやふやには絶対しない人だ。
「ありがとう。やっぱりいっちゃんは素敵な女性だね。」
「……。」
「俺、次の4月から埼玉の支店に異動することにしたんだ。」
「えっ?」
「自分で希望して。副支店長として配属されるんだ。少しでも両親の近くにいようと思って。」
「そっか。」
「もし良かったら、いっちゃんも来ない?俺と一緒に。」
「えっ!?」
私の「えっ!?」に共鳴するように、待合の向かいのカウンター席から前にもあったのと同じように、大量の書類の落ちる音がする。楢崎だ。すぐに隣に座る久保ちゃんが「何やってるんすか?」と突っ込んでいる。
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