第1話 呪いの子

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 俺は、玉髄を殺して屋敷の外に出ることを考えはじめた。やるなら夜がいい。誰にも見られずに屋敷から逃げやすい。  どうやったら、人間はこの小さなナイフで死ぬのだろう。<王国>でもよく人が死んだが、大抵は殴り合いの喧嘩だ。死体にナイフが刺さっていたのを見たことはない。  俺よりは体格のいい玉髄に、どうやったらナイフを取り上げられないで致命傷まで持っていけるだろうか。  何度部屋の中で練習してみただろう。一度庭が見たいと玉髄にねだって、部屋の外にも出してもらった。  緑の屋根の小屋は警備員室なのか、入ってきた門の近くに見えた。それから、時々俺の面倒を見に来る楔に、屋敷の様子もできるだけ聞き出した。目の見えないあいつの情報は、俺の知りたいこととはなかなか合わなかったけれど、満月と新月の夜は教会の行事だかで、屋敷の中にあまり人がいないのだということを聞き出した。  やるのなら、新月の夜だ。逃げる姿も見つかりにくい。俺は、玉髄が俺を訪ねる、新月の夜を待った。  金髪のあいつはあれ以来、時々俺の部屋の窓に顔を出した。夜のときも、昼のときもあった。自分が空いているときか、周りに人がいないときなのだろう。 「林檎?」  窓から投げこまれた小さな緑の果実を手に取って、俺はそいつの顔を見た。 「余ったからやるよ」  彼がナイフの話をしたのは最初の日だけで、そのあとはたいした話はしなかった。彼はこんなふうに、屋敷の子供に色々物をやっているのだろうか。  俺は果実にかじりつきつつ、彼の顔を見る。あの茶を飲まなくなってから、体は痛んだけれど、爽やかな果実の味がよく感じられるようになっていた。酸味はあったが美味しかった。俺は手についた果汁も舐め取ると、鉄格子の向こうの彼を見上げた。 「ありがとう。あの、折り入ってお話が」 「ん?」 「新月の夜が、いいと思うんです」  もちろんあいつを殺す日のことだ。 「あなたにご迷惑をおかけしたくはないのですが、できるだけお力を貸していただけると」  彼が信用できるかもわからなかったのに、自分の手の内を明かすのはどうかと思ったが、しかし彼にその後は助けてもらわなければどうにもならない。俺はほとんど<王国>から出たことはないのだ。  もちろん、誰も助けてくれないのはあたりまえで、信じられるのは自分だけなのだけれど、それでも利用できる大人は利用しなければ。 「おまえは本当に賢いなあ」  彼は驚いた顔をして、それから嬉しそうに俺を見た。  なぜこの男は、そんなに嬉しそうな顔をするのだろうか。あの男を殺したいのに、自分の手を汚したくないのか? それならそれで、だいぶ悪いやつだと思う。自分は子供をたきつけるようなことをして、楽しく眺めているなんて。  そんなふうに思うのに、俺は彼が来るのがだんだん楽しみになっていた。 (しょうがない)  俺は自分に言い聞かせる。だって、俺がここでまともに話をするのは楔くらいしかいないし、あいつとはこんな話はできない。あいつは悪いやつじゃないけど、現状を受け入れすぎている。 「次の新月は雨らしい。こちらも動きづらいが、追われづらいし、まあ悪くはないだろう」  彼はそう言って、もうひとつ林檎を投げてよこした。
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