9.白い太陽とレモンイエロー

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※※※ 「おはよ~真矢っち!」  カラッとした晴れだった。アスファルトの歩道からムンムンと熱を感じる。アブラゼミがけたたましく鳴き声を上げる。ああ、夏だ。  私は、あれから三日後無事に退院できた。検査してもどこにも異常はなく、夏休みにこうして戻れて本当によかった……。 「おはよう、尚香」 「今日の部活は文化祭の準備だよね。展示するものもやらないといけないのに~」 「まぁ、やりがいがあるよね」 「も~! 真矢っちは絵が上手だからいいよね!」  別に上手くはないけれど、尚香と出会う前よりは自分の中で絵を描きたいという意思がどんどん強くなっていると思う。 「それとね、真矢っち」 「うん」 「ライトくん、転校するんだって」  みーんみんみんという音が、耳に残って響いていく。 「……私のせい、だね」 「は? どう考えてもアイツのせいでしょ。自業自得!」  それは、確かにそうなのだけれど。 「でも、今までちゃんと橘久と話をしてこなかった私もいけなかったなぁって」  目を伏せる。 「……私、『シンヤらしくいなければ』ってずっと思ってたんだ。橘久のそばで適当に誤魔化して過ごす。将来の夢も橘久の言う通りに決めて、流れのまま過ごす。そうしたら楽なんだけど、ずっと違和感を覚えていたんだ」  喉をさする。もう、とっくに喉の調子は良くなっている。 「だから、尚香から『何それ。すっごくつまんないね』って言われた時、ちょっとイラっとしたけど、その通りだなって思っちゃったんだよね」 「……そっか」  尚香は特に何かをツッコんでくることなく聞いてくれる。何だかそれが、すごく心地いい。 「森が丘に通ってることもそう。尚香に言われるまで高校受験に失敗したことって本当にコンプレックスでしかなかった。でも、それって学校の人皆バカにしてることにもなるんだなぁって、考え方が変わってさ」 「うん」 「だから、橘久から『お前のために森が丘にした』って怒鳴られた時、『ああ、この人、森が丘の人たちのことみんなバカにしてたんだな』って、思っちゃって」  あの時の橘久の表情は、漆黒だった。赤とか、そんな陳腐な色じゃない。暗闇の一部を切り取ったような、自分のことまで見失いそうな、黒色だった。 「やっぱりライトくんは、真矢っちを支配したかったんだろうね」 「……そうだと、思う」 「美代分かる? 田中美代」 「うん」 「あの子、ライトくんのこと好きだったんだよ」  知ってる。 「何度か私に相談してきたんだけどさ。やめたらってずっと言ってたの。だって、ライトくんは真矢っちのことが好きだから」  それは、私もなんとなく勘づいていた。 「でも、ちがった。好きとか嫌いとかじゃない。美代のことは支配できないから断っただけ。何でも言うことを聞く真矢っちを、そばに置いときたかったんだなぁって」  生暖かい風が顔を舐める。 「私、もう自分の意思で生きていくって、決めたんだ」  尚香がじっと私を見つめる。 「卑屈になって、どうせ無理だって、俯いて従って生きたりなんかしない。ちゃんと自分のしたいように、生きていくんだ」  拳にぎゅっと力を込める。 「だって自分の人生は、自分でしか決められないんだから」  尚香の目元が、優しい。 「そうだね。私もそう思う」  相変わらず、レモンイエローのような笑顔だった。  白い日差しが煌々と私たちを照らす。眩しいけれど、悪い気はしなかった。  
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