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のろのろと校門まで歩く。空がバイオレットに染まって、周りにぽつぽつと明かりが灯っている。一月よりは明るくなったけど、それでもまだ夏は来そうにない。
ライトを待つため、カバンからスマホを取り出した。
「よう、待たせたな、シンヤ」
「別にそんなに待ってない」
今日は割といつもより早い気がする。
「まぁ今日監督の機嫌がよくて、いつもより少し早く終わったけどな」
サッカー部の活動って監督の機嫌に左右されるのかよ。なんかやだな。
「それでもいつも待ってくれてありがとな。行こうぜ」
ありがとな、と言うけれど、待たなかったらたぶん怒るんだろうな。お礼を言うくらいならサッカー部の仲間と帰ろうかという気にならないんだろうか。
「にしてもさ、猫田のやつ、本当に腹立つんだよ」
「……そう」
「聞いて、アイツパスもろくにできないくせに、練習で負けたらわざと聞こえるように舌打ちしてくるんだぜ? 本当に俺をバカにしてるとしか思えないんだよな」
最近、ライトは猫田という男子に燃えている。先月は田原って男子に対し怒っていた。まぁ、飽きたのだろう。
だいたい、ライトは部活帰りに「サッカー部でムカついたこと」を話す。あいつが俺にパスを回さない、こいつはいつもノロマ、俺のことをバカにしてる……。
気のせいなんじゃない? 考えすぎだよ、なんてことを言ってしまったらおしまい。ライトは更に燃え上がって「お前は美術部だからわからないんだ」「シンヤがサッカー部だったら絶対同じように怒ってるね」だのなんだの言いだす。
それが嫌というか、ただ純粋に心配になってくる。そんなに体中の温度を上げて、疲れないんだろうか。
まぁ、きっとライトが自分と一緒に帰りたがる理由は、こうしてサッカー部での鬱憤を爆発させたいからだろう。燃えてないと、後々辛くなるタイプなのかもしれない。
「なぁ、だからアイツを絞めてやりたいんだけどさ、そんなことしたらいじめがどうとか言うじゃん? だから俺は我慢してるんだよなぁ」
「そう。偉いじゃん」
「だろ~! やっぱシンヤはわかってくれるな」
まぁ、否定したら面倒だからそう答えているだけだけど。
「シンヤはさ、なんかムカついてないの?」
「特にないな」
「え~? あ、そういえばあの女、イラストが得意とかなんとか言ってたから、もしかして美術部に入ったんじゃないの?」
「得意とか言ってたの?」
「ほら、放課後お前の席近くに行ったら『尚香ちゃんは何部なの?』『悩んでる~。私イラスト描くの得意だったから美術部の見学に~』とか話してたからさ」
すごい。
自分からしたら、そんなことは心の底からどうでもいい。山内さんが美術部に入ることで平穏が崩れたら嫌だなくらいには思っていたけれど、彼女がどんな部活に入ろうとそれは彼女の自由であって、話を盗み聞きしてまで知ろうだなんて思わない。
「あの東京女、イラスト得意と豪語して大した絵描けないんじゃねーの? ほら、漫画みたいな絵しか描けないくせに、シンヤの絵に対して評論家ぶって感想言ったりとかさ」
「そんなこと、しないよ」
山内さんがそんなことするメリットがない。どうしてそんな風にしか思えないのか。まぁ、そう思うことでライトの精神状態を安定させているのかもしれないけど。
「それに山内さんは絵うまかったよ。デッサンしてたけど、遠近法もちゃんとできてたし」
「本当か? まぁシンヤはお人よしだからな」
お人よしでも何でもない。ただ事実を述べているだけだ。
「シンヤから愚痴とかほとんど聞いたことないんだよな。俺はお前がいつか爆発しそうで心配だよ」
「爆発することなんてないと思う」
だって、自分は他人に対して何の期待も持ってないから。
「俺には全部話してくれていいんだぜ? 大丈夫、シンヤのこと言いふらしたりしないからさ」
「大丈夫、心配してくれてありがとう」
まぁたとえ嫌なことがあってもライトに話すことはこれからもないように思う。
「それよりさ、シンヤ。こないだのさ~」
空を見上げる。三日月が出ていた。欠けているその様子が、今の自分のように、少し思えてしまった。
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