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絵を描くことが、一番好きだった。
サッカーをやってたから、体を動かすことも嫌いではなかったし、うまくはないけれど歌を歌ったりリコーダーを吹くこともそれなりに頑張っていたから、中学の時の部活選びはどうしようかな、と思ったりしたけど。
美術部で、本当によかったなと思う。
一番好きってだけでサッカーと同様特別うまいわけではない。
でも、こうして無心になって絵と向き合うことが、たまらなく心地よかった。
それに、絵を描いている時は、何だか自分らしくなれた気がした。
違和感を覚えることなく、美術部員の三浦に――。
「よっ! 三浦っち!」
聞き覚えのある声だと思ったら。
……なんで、山内さんが、ここに。
「私さ、小学校の頃イラストクラブに入ってたって言ったじゃん」
そうだっけ。
「だから、やっぱり絵を描く部活がいいかなぁって、美術部に体験入部に来ました~!」
「……そう」
彼女が入部することによっていつもの平穏な美術部ではなくなる可能性はある。まぁ、でもそれを理由に拒むわけにもいかないし、自分は変わらず絵を描くのみ。
「三浦っちも、絵を描くのが好きなの?」
「……うん」
「え~! 描いた絵見せて~!」
さっきから「三浦っち」と呼ぶのが少し気になる。だいたいの人は自分のことを「シンヤ」と呼ぶ。ライトがずっとそう呼ぶから男女関係なく「シンヤ」と声をかけてくれるのだが……。
まぁ別にどう呼ぼうがどうだっていい。「シンヤ」と呼ばれることが特別嬉しいとかでもない。 ――どちらかというと、そんなに呼ばれたいわけでもないというか。
準備室に入って、描いた絵を取りだし、机に並べた。
「まぁ、だいたいこんな感じ……」
「わぁ! めちゃくちゃ上手じゃん!」
「……別に普通だよ。他の部員はもっと上手」
「写実的な絵もあるけど、抽象的な絵も描くんだね~! うわぁ、いい感じ」
……そろそろ片付けていいだろうか。自分は絵が描きたい。
「どうやったら三浦っちみたいな絵が描けるの?」
「別に、お手本になるようなものじゃないし、絵のことは顧問に聞いて」
「も~! 冷たいな」
知ったことではない。
「私、美術部の中で知ってる人三浦っちだけだからさ! これから仲良くしてくれると嬉しい」
その瞬間、彼女がぐいっと顔を近づける。
上目遣いとほのかに香る柔軟剤で、心臓がドクンと飛び跳ねる。体中がしびれるように熱い。こういう時、彼女に何を言えばいいのだろう。
口をパクパクさせていると首をかしげる。
「……三浦っち?」
「……近いって」
やっとのことで発した言葉に、ふふふと笑いだす。
「な、何がおかしいんだ」
「いや、三浦っち可愛いな~って」
「か、可愛くなんか」
自分の友達といえばライトくらいなもんで、ましてや女子とこんな風に話したことなどほとんどないからそうなるのであって……。
「まぁ、仲良くしてよね!」
鳴りやまない心臓の鼓動を治めるため、軽く深呼吸をする。
「よろしく、山内さん」
馴れ合うつもりもないし、今後もそんなに話すことはないだろう。
「うん!」
彼女の笑顔はレモンイエローのように、明るかった。
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