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2.
「ワン・ツー・スリー・フォー……ほらそこ、腕が伸びてないよ!」
校舎裏のスペースで、数人の男女が1人の女子生徒にしごかれていた。彼女が私の存在に気付くと「はーい、じゃあ10分休憩!」と手を叩いた。
「彩香」
「美月ぃ」
特に意味はないハグをする。彩香はクラリネットを担当している同級生で、木管楽器のダンス指導係だ。彼女は別にダンス歴があるわけではないが、指導力があるので3年の先輩から任命されたようだ。
「彩香先輩、あとはお願いします!」
私を連れてきた3人の後輩たちは敬礼をして1年の集団に戻っていった。なるほど、私を呼んで来いと1年生に使いを出したのか。
「聞いたよ。室井君、言うこと聞かないんだって?」
すると彩香は「そうなの!」と声を張り上げた。
「あんなにツンツンした後輩、見たことない! 扱いに困り果てちゃったよ」
「なんか、ごめんね。噂には聞いてたけど、彩香にまで迷惑かけてるとは思ってなくて……」
1年生の間だけでの諍いだと思っていたので、まさか彩香の言うことも聞かないとは寝耳に水だ。叱ろうと辺りを回してみるが、当の本人が見当たらない。
「室井君は?」
「あれ、さっきまでいたのに。トイレかな?」
まぁ休憩時間だし仕方ないか。
こうやって辺りを見渡してみると、懐かしい気持ちが沸き上がる。私も去年はここで先輩にしごかれながらダンスを踊ったものだ。梅雨前のジメジメした空気、顔からも背中からも滴る汗、仲間との結束力。たった1年しか経っていないのに、遠い昔のことのように感じる。
「美月先輩?」
「室井君」
過去に思いを馳せていると目的の後輩が姿を現した。入部した当時は私のことを『垣内先輩』と名字で呼んでいたが、皆が下の名前で呼ぶので室井君もそう呼ぶようになった。
彼は不思議そうに私を見る。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないよ。室井君、輪を乱してるんだって?」
「……何のことですか?」
あからさまに目を逸らす室井君。嘘がつけないのはいい事だと褒めてあげたいが、また今度にしよう。私は先輩らしく強気でいく。
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