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 私の勤めているマッサージ屋は今日も閑古鳥が鳴いていた。店内では川のせせらぎのようなBGMが流れ、微かにアロマが焚いている。ベッドは自分が施術に使っている場所以外空いていた。 「お体、どうですか?」  うつ伏せになった客の背中を上から下へ揉んでいった。その触り心地は肌触りがよく、その毛に指が埋まる。 「おかげさまでだいぶ楽になりました」  ごくたまに来る客である『ナナミさん』は仏のように目を細める。さらに、後ろ脚のツボを押せば、尻尾が揺れて三角の耳がピクッと動く。 「あぁ、すごく効いている感じがします」 「それはよかったです。ナナミさんみたいな方向けのマッサージの本を読んだ甲斐がありました」  本の中身を思い出しながらマッサージを続けた。浮かんでくるのはマッサージのやり方と一緒にナナミさんと同じ顔をした猫たちの姿だった。  私は猫であるナナミさんをマッサージすることが密かな楽しみになっていた。施術が終わり、ナナミさんと入り口へ向かった。彼はあくまで人間のつもりで来ているからか、器用に二足歩行で歩いている。 「今日もありがとうございます。また、時間ができたら来ますね」  そう言って例のお辞儀をする。頭を下げる姿に自然と頬が緩んでしまった。 「はい。ぜひ、お待ちしてます!」  扉を開け、自分も会釈をしてナナミさんを送り出した。受付の時計を見れば、そろそろ閉店の時間だった。ちょっと早いけど、閉店の準備でもするか。  私は施術用のベッドやソファにある枕やタオル、シーツを回収していく。そして、消毒と掃除もテキパキとしていった。 ナナミさんのおかげもあり、一人で店番も苦ではない。それに今は先輩が結婚の準備で忙しいみたいだし、その役に立つなら嬉しかった。  アルコールの入ったスプレーでテーブルに吹きかけつつ、拭き掃除していると店の奥で物音がした。覗いてみると、カーテンの奥からガタガタと揺れるような音がする。この奥はベランダに続いていたような気が。風か何か引っかかっているのかな。
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