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階段を昇りきると、視界が開けた。
何十もの畳が敷き詰められた大広間だった。天井は高く、梁の升目には四季の花々が描かれていた。しかし、放置されて久しく色彩は褪せ、その輝きを失っている。
室内は細部まで意匠が施され、かつての城主の思いを感じる。鬼たちが根城とするにはあまりにも優雅なものだった。
広間の周囲をめぐる回廊からは、茜色の空と水平線が望める。潮の香りを含んだ風に乗って入り込んだ桜の花びらが、鴬張りの廊下や畳のうえにはらはらと降ってくる。
夕暮れの大広間は静まり返っていた。
広間の最奥の襖には虎と竹林が描かれていた。日差しの届かない暗がりのなかから、歯牙を剥きだした虎が睨みつけてくる。
襖の前に人影があった。
青年とサルは同時に息を呑んだ。
大広間にただ独り、佇んでいる男があった。
一見して人間の男だった。すらりとした長身に、黒い洋装を着ている。室内の暗がりに沈み込み、その容姿まではわからない。
青年は広間のなかほどで足を止める。殺気めいた鬼たちが待ち構えるでもなく、分厚い筋肉の鎧をまとった巨躯の鬼が居るでもない。そこに人がいるとは思いもしなかった。
慎重に様子を伺う。差し込む茜色に包まれた青年は、部屋の影のなかにいる男と距離を置いて向かい合う。
男の額の左右から、前髪を分けて一対の角が生えていた。
鬼だ。青年は刀を握り込み、短く息を飲んだ。
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