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「先に言ったな。……誰も、お前を迎え入れてはくれなかった、と」
男の行く手、夜の暗がりに虎と竹林が浮かび上がる。
襖が音もなく開いていく。
冷たい夜風に乗って流れ込んでくる桜の花びらが視界を覆い尽くした。
「帰れる場所はどこにもない。それを悲しむささやかな場所すらない。仲間の弔いも出来ないまま、身を投げようと首を吊ろうと腹を切ろうとなにをしても死ねない身体で彷徨い、結局この島にこの城に戻ってくる。そして心が枯れるほどの年月を独り過ごすことになる」
桜舞い散る庭園が広がる。
太い幹の一本桜が、満開の花をまとって夜空に聳え立っていた。城の天守すら枝の下に納めんばかりに梢を伸ばし、無数の星が瞬く夜の帳のもと、むせ返るほどに咲き乱れている。
男は濡れ縁から青年の身体を投げ捨てた。
亡骸は庭園に降り積もる花びらのうえに無造作に倒れ込んだ。
「それが、お前の未来だ」
風が花びらを舞い上げ、おびただしい花弁が渦を巻く。
庭園中に張り巡る木の根があらわになった。巨木を支える隆起したそれは石灯籠を飲み込み、池を覆い隠し、貪欲に己を広げている。
「思い描いていたものは何ひとつ存在していなかった」
光の枯れた男の眼差しは青年の死体を見つめる。
「こんな未来を手にするために、どうして、お前は何度もやって来る」
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