1.無い袖は振らない。

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 建物を出て、由紀子が言った。 「お茶しに行こう」  由紀子は誰かを選んだのだろうか。 ◇◇◇◇◇  ムーディーな喫茶店で、木目調の机にはランプが置かれている。美味しいティラミスが食べられる店だ。紅茶とティラミスを頼む。すでに夕方4時を回った頃、喫茶店も空き出していた。 「今日の人たち。微妙だったね」 「由紀子も? 私もあんまりだった」 「職業も自営業の人が多くて。公務員の人は狙い目かなと思ったけど、なんか違ったかな。普通に土日休みのサラリーマンがいいんだよね。」 「由紀子もそう思うんだ?」  彼女は同じ会社でも営業事務で、基本土日が休みだ。 「できるだけお互い休みが一緒がいいよね。依子なんて特に、休みが合わないとすれ違いになるよ。あー、せっかく気合い入れてきたのに空振りかぁ。依子はいい人いなかった?」  ふと、5番の彼の顔が思い浮かぶ。  名前も聞けなかったな。  彼は飲食業と言っていたし、そもそも休みが合わないのだから、諦めるしかない。なにより理恵が半端ない努力をしたのだと分かる。すぐに根を上げた私とは全く違う。 「理恵に謝らなきゃ」 「なんで!?」 「出逢いがないとか、努力もしないで、理恵からしたら何言ってるのだよね」 「まあーね。けど、依子は依子でしょ。のんびり行けばいいよ。自分のペースでさ。私もだけど、助走期間が必要なタイプじゃない? ガードも固いし」  確かにと、お互い笑ってしまう。  新入社員のころから、社交的な由紀子は合コンや飲み会に引っ張りだこで。なにかと私を気にかけて誘ってくれた。元カレと出逢ったのも彼女の紹介だった。由紀子は社交的で人好きのするタイプだけど、意外とドライで人と一線を画するところが自分と似ている。  注文したティラミスを頬張ると、口いっぱいに広がるほろ苦いコーヒーの香りと、マスカルポーネチーズのまろやかな甘みが、考え過ぎて沸騰した頭を甘やかしてくれる。 「社会経験の一環だと思えばいっか」  彼女と話すと軽い気持ちになれる。
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