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トイレから戻ってきた剛が、冷蔵庫から取り出した皿とともに一升瓶をテーブルに乗せた。皿には、ひたひたに味が染みていそうな茄子の揚げ浸し。
「なにおかん、そんなうれしそうにして?」
彼が言いながら一升瓶を徳利に分けてからお猪口にそそぐ。お母さんはお猪口を受け取りながらうれしそうに、クイっと一杯。さらに揚げ浸しを掬い上げるように口にふくみ顔が綻ばせている。それを何度か繰り返して、段々と頬が蒸気していることがわかる。
「いやぁ梨乃さんいいこや。これで家も安泰やわ」
「だから何回も言ってるやろ、俺は継ぐ気ないて」
「梨乃さんはわかってくれてるんやろ? せやから、さっき時間はかかるけどってなぁ?」
そう言いながら、同調を求められる。
「……何言ったんですか? 真……梨乃?」
「いやあの! お母さん、あれは……」
「だって剛は愛情深いから、家族を放っとくわけないし。そういうことやんなぁ」
「なんの話したか知らんけど、何都合よう解釈してんねん。俺はあんたみたいな生き方はしたくないし、あの家族も嫌……」
次の瞬間、体が動いた。
お母さんに聞かせたく無い一心で、どうしても遮りたくて腕を引っ張った瞬間、机の上にあった一升瓶が振動で倒れて、剛の左の小指に落ちた。声にならない空気を吐き出して、剛は指を守るようにうずくまる。
「ご、ごめんなさい。だ、大丈夫ですか?」
声を掛けても、言葉を漏らし、ただ首を振るだけで返答が得られない。よほど痛いのだとわかる。
とりあえず、お酒を安全な場所に移す。
ふと思い返してお母さんをみれば、いつの間にかすうすうと寝息を立てて気持よさそうに寝ている。
「母は……っつ……お酒好きだけど、滅法弱いんです。っだぁから……これで大人しくなる……でしょぉ?」
語尾を引きずるような声で剛は言った。
徐々に呼吸が落ち着いてきて、指の腫れを心配すると、問題ないです。と返ってきた。
「すみません。母を布団へ寝かすので、手伝ってもらえませんか?」
寝室の扉を開くと、セミダブルのベッドに縦に長いシンプルな照明が一つ。押し入れを開くと何組か布団が積まれている。
布団を敷いている最中は無言で、何処か難しい顔をしていた。右手をかばいながらもテキパキと目配せしたりと手際がいい。感情の起伏の激しい人なのかと思っていたのに、何を考えているか掴めない人だ。
「よし! これで帰れますね。とりあえずここだとあれなんで、外に行きましょう」
切り替えるように軽く手を叩いて、彼はお母さんの寝顔を確認した。リビングの電気を消すと、そっと玄関の外に出て静かに扉を閉めた。
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