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二人の家を背にして、声をひそめて剛は言った。
「それで、何を母に言ったんです?」
剛に疑り深い目で睨まれる。
「いや……その」
冷ややかな声に怖くて動けない。
お母さんとの関係を悪くしてしまったかもしれない。でも、黙っていたらきっと……
『黙ったら解決できると思ってんの?』
元カレに言われた言葉を思い出す。何か言わなきゃ、とりあえず謝らなきゃ。暗闇を探るみたいになんとか手繰り寄せた言葉を吐きだす。
「あの……すみません。私……剛さんと梨乃さんが上手くいけばいいなって、それでつい、まだ時間がかかるかもしれないけど……幸せですって……言いました」
そばで小さく嘆息される。
俯くことしかできず、言い訳を探す。
「……すみません、でも……つ……」
そこで止まった。
『すみませんのあとに、でもってさ、鼻から謝る気ないよね』
まただ。呪縛のような言葉が蘇る。
いつも私は言い訳しかしてこなかった。情けなさに視界が歪む。不自然な態度に気づいたのか剛は肩を掴んだら、ぽろりと涙が頬に転がった食感がした。剛の目が私な目が合わさる。
「僕なにか怯えさせました?」
苦笑いで、剛が顔色を伺うように尋ねた。
「いえ、そんな……」
おどおどと、顔を隠すように手を振る。
見られたに違いない。自分が余計な事を言ったくせに泣かれるなんて迷惑な話だ。
「何か続き話そうとしたでしょ? なに? ちゃんと話さないと逆にムカつくんだけど」
どこか戯けるような優しい声がして、緊張がほどける。この人は、私の事を優柔不断だとか、面倒な女だと思わないのだろうか。
「……お母さんが、結婚を楽しみにしていたのでつい」
「そうですか……まあ、巻き込んだのは僕です。とりあえず、また、明日にでも今後について話しましょう。ここだと五月蝿でしょ」
「はい、あの、では、また。今日はおやすみなさい」
そう言って鍵で部屋を開ける。
剛がこちらを見て手をひらひらと振った。
小さく手のひらをむけて返す。
扉を閉めて、やってしまったとしゃがみ込むと、出掛けにまとめたペットボトルの袋に乗ってしまいクシャける音がした。
何をやっているんだろう。
このペットボトルたちも3週間ほどためてしまったものだ。どうして私は器用に生活することができないのだろう。悲しくなって、既にひねられていた涙腺から眉間の熱さと共にぼたぼたと水滴が落ちてきた。グッと両手を額に押し付けて、小さく口から漏れる声を押し込める。
不意に暗闇に光が刺した。
足元に向けた目線には、扉から三角に廊下の光が入ってきた。目線を上げれば、呆れた顔の剛がいた。
「やっぱり……なに泣いてるんですか?」
直球な質問に、私は答えることができない。
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