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全部、聞こえてるよ、お隣さん。
『お前』とかそういうとこじゃないかな。
連日、電話で口説いているようだが、いつも一方的に切られている節がある。
盗み聞きはよくないけど、帰ってきてからベランダで過ごすルーティンを壊すわけにいかず。つい、聞いてしまうのだ。彼もベランダで電話することが日課なのだろう。
「またまたそんな、俺はそんな……好きに決まってるやん。愛してるて」
軽快な口振りと、言葉で押し通そうとする言葉尻に若い印象を受ける。
好きに決まってる。なんて、可愛い言葉を言えば、彼は戻ってきてくれたかな。
「ねー、りのちゃ……切られた……こっちから願い下げやし! ううーーーーーーー」
仕切り版に軽い衝撃を感じて、彼がもたれかかったのだとわかる。
残念なくらい、抜け落ちた声がした。
そうだよね……世の中はそういうもの。
いいぞ、どこの誰かわからないけど、彼女。そんな簡単に愛を口にする軽薄な人が勝ち取れるなんて、世の中不合理すぎる。
なんて、分かってる。
何の恨みもない隣人が振られていることに安心するなんて、本当に根が腐ってる。だって、こんな直球な人ですら振られるんだ。私が振られないわけがない。
だから、仕方ない。
このやりとりも二ヶ月前からだ。
あんな風に一途に思われる女性ってモテるタイプなんだろうなと、取れかけたサンダルのストラップを見てなぜだか無性に悲しくなった。
玄関のチャイムに顔を上げた。
部屋の受話器まで間に合わないと思い、咄嗟に声を張り上げる。
「は、はーーーい!!」
そうだ、楽しみにしていたお笑いのDVDが届く日だ。
昨夜は仕事で受け取れず、再配達していた事を思い出し、つい、足取りが軽くなる。
そっと扉を開けると、いつもの女性宅配員にホッとする。とは言いつつ、人前に出るときは失礼がないような格好を心がけている。
「いい声でしたね。はい、お荷物です。お名前は、真中さんで間違い無いですか?」
「あ……はは。ありがとうございます」
ここまで聞こえていたと言うことは、確実にベランダ越しに聞こえたに違いない。
しまったなぁと、思った時にはもう遅い。
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