1.無い袖は振らない。

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 順番に男性と話し、半分が過ぎた。  2番さんは、建築系。3番さんは、工場勤務で夜勤あり。4番さんは、公務員。正直、話すことにいっぱいで、相手の印象を覚えられない。メモはいつのまにか職業のみになっていた。    建築も工場勤務も体が資本だし。自分が不定休だから休みが合わない。1番さんは感じが良かったけど、自営業は将来的に少し不安がある。それを考えると4番さんの公務員は魅力的だけど、会話が続かない。  とにかく疲れた。あと4人の段階で、早く終わらないかなと思っている自分にウンザリする。   「どうも」  5番の人は、いやにフランクな感じで、隣に座ると足を組んだ。顔を覗き込まれて、目の鋭さに怯む。威圧的な人は苦手だ。一息いれて何とか言葉を絞り出す。 「初めまして。真中依子です。よろしくお願いします」  カードを交換すると、職業の欄には飲食業とある。 「今日は友達と来てるの? はじめて?」  名乗ることもしないで始まった急な質問に、不快感が広がる。 「え、はい。はじめてで緊張していて」 「あー、俺もはじめてなんだよね。さっき、エレベーターであったよね」  一瞬、固まる。サングラスを取っているから分からなかったが、オールバックの髪型は正しくさっきの人だ。 「飲食業って何をされているんですか?」  思い切って質問を投げかけてみる。 「パティシエ」 「すごいですね」 「……」  話し、終わったーーーー!!  料理が苦手な私的には本心だけど、「すごい」って、語彙力がなさすぎる。ただじっと、カードを眺めて沈黙する彼に、私と話す気があるのかと不安が積み上がる。全く軌道を掴めず、元カレを思い出した。  彼はこちらのことなど意に返さず、カードに視線を向けたままだ。 「喫茶店かぁ。今まで行った場所で、ここは美味しかったってとこあります?」  あれ? 食いついてきた? 飲食業をしているから興味があるのかな。 「えっと……この近くに、わらびもちの専門店があります。きな粉かけ放題で」 「和菓子はあんまなんだよな。洋菓子は?」  和菓子って言った時の苦い顔が本当に嫌そうだ。 「だったら、エスポワールっていうお店があって」 「へぇ〜美味しいの? 何系?」 「アップルパイのお店で。作りたてで」 「アツアツで出てくるって、最高じゃん! トッピングとかできたりするの?」  急な食いつきと圧に、押される。 「そうなんです」 「シナモンとか? 美味そう〜」  あれ? 急に話しやすい?  持ち時間があっという間にすぎ、あっさりと手を振り席を移動して行った。  
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