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1.無い袖は振らない。
待ちに待ったホテルブッフェが、一瞬にして帰りたい気持ちになった。
隣の席についた平野由紀子が、ブッフェ台から綺麗に盛られた前菜を机に置いたそのときだ。
場の空気が凍りついたのがわかる。
「それって、逃げてるだけでしょ。 出会いがないって言う人って、出会いの場にいかないだけっていうか。この年で普通な出会いなんて転がってないって。社内だって既婚者ばかりで期待ゼロだし」
既に食べ始めていた榊恵理の言葉にグサリと体を貫かれた。
細い指をグラスに絡ませて食前酒を呷る理恵は色っぽくて、入社時からモテる。一年も彼氏がいなかった事が不思議なくらいだった。
そういう人と自分は違うんだから仕方ない。
その通り! ド正論に立ち向かうのに、38歳という歳は世間を知り過ぎている。20代の余裕はもうない。
わかってる、そんなこと。
「結婚する気ないから、いいよ別に〜」
堪えていない振りをして、冗談混じりに笑うと、取り繕えていない自分に驚く。重症だ。
こんなの売り言葉に買い言葉。
流して欲しいこちらの気持ちは伝わらない。
「ただの強がりにみえるけど? 依子もさ、お見合いパーティーとか行ってきなよ。私もそこで出会えたんだよ。お互い利害も一致してるし、早いよ〜」
理恵からの半年振りの召集の理由は想像がついた。結婚が決まった理恵の報告会で、彼女の話を喜ぶのが筋だろう。それは正直うれしいけれど、矛先を私に向けることないのにと思う。
「まあ……ほら、依子が楽しければそれで! ね! 無理して変な人と付き合ってもさ。大切にしてくれる人と幸せになってほしいな」
由紀子が、咄嗟にカットインにしてくれる。10年前に付き合っていた彼の事を言っているのだろう。
入社から16年。今では同期の生き残りもこの3人だけになっていた。部署もバラバラだが、なんだかんだの腐れ縁である。
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