1.無い袖は振らない。

1/17
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ

1.無い袖は振らない。

 待ちに待ったホテルブッフェが、一瞬にして帰りたい気持ちになった。  隣の席についた平野由紀子(ひらのゆきこ)が、ブッフェ台から綺麗に盛られた前菜を机に置いたそのときだ。  場の空気が凍りついたのがわかる。 「それって、逃げてるだけでしょ。 出会いがないって言う人って、出会いの場にいかないだけっていうか。この年で普通な出会いなんて転がってないって。社内だって既婚者ばかりで期待ゼロだし」  既に食べ始めていた(さかき)恵理(りえ)の言葉にグサリと体を貫かれた。  細い指をグラスに絡ませて食前酒を呷る理恵は色っぽくて、入社時からモテる。一年も彼氏がいなかった事が不思議なくらいだった。  そういう人と自分は違うんだから仕方ない。  その通り! ド正論に立ち向かうのに、38歳という歳は世間を知り過ぎている。20代の余裕はもうない。    わかってる、そんなこと。 「結婚する気ないから、いいよ別に〜」  (こた)えていない振りをして、冗談混じりに笑うと、取り繕えていない自分に驚く。重症だ。  こんなの売り言葉に買い言葉。  流して欲しいこちらの気持ちは伝わらない。 「ただの強がりにみえるけど? 依子(よりこ)もさ、お見合いパーティーとか行ってきなよ。私もそこで出会えたんだよ。お互い利害も一致してるし、早いよ〜」  理恵からの半年振りの召集の理由は想像がついた。結婚が決まった理恵の報告会で、彼女の話を喜ぶのが筋だろう。それは正直うれしいけれど、矛先を私に向けることないのにと思う。 「まあ……ほら、依子が楽しければそれで! ね! 無理して変な人と付き合ってもさ。大切にしてくれる人と幸せになってほしいな」  由紀子が、咄嗟にカットインにしてくれる。10年前に付き合っていた彼の事を言っているのだろう。  入社から16年。今では同期の生き残りもこの3人だけになっていた。部署もバラバラだが、なんだかんだの腐れ縁である。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!