7人が本棚に入れています
本棚に追加
「斉藤さん!」
その日の帰り。私は斉藤さんが1人になるのを待って、声をかけた。
「里中さん。どうしたの? 家、こっちの方だった?」
「あの……その……さっき、かばってくれて、ありがと……」
もじもじしながらそう言うと、斉藤さんはきょとんとした後「ああ!」と声を上げて、にっこりと笑った。
「あのお腹の音、里中さんだったんだ!」
大きな声で言われると恥ずかしくて、また顔が熱くなる。それよりも気になったことを、勇気を出して聞いてみた。
「あの……なんで、かばってくれたの?」
人気者の斉藤さんと内気な私とは、席が前後という以外、接点がない。助けてくれた理由が気になったのと、これをきっかけに仲良くなれるかと思って、追いかけてしまった。
そんな私の気持ちに全然気付かない斉藤さんは「特に理由はないよ」とあっさり言った。
「ただ、わたしが鳴らしたって言ったら、みんな納得すると思ったからね」
理由を聞いて少しがっかりしたけど、やっぱりカッコいいなと思った。
斉藤さんは、背が高くてスタイルのいい美人なのに、気さくで誰にでも優しい。その上、大食感でも有名だ。給食は必ず大盛りを頼むし、遠足のお弁当箱は男子より大きい。「私、大食いなの」と、少しも恥ずかしがらずに言う姿がカッコいいと、男女ともに人気がある。
「ねえ、里中さん。もしかして、ダイエットしてる?」
斉藤さんに言い当てられ、ぎくりと肩が跳ねた。
「給食減らすのは、よくないよ。今日みたいに5時間目が体育だと、帰るまでもたないでしょ?」
斉藤さんの言う通りだ。現にお腹が空き過ぎて、授業中にお腹を鳴らせてしまった。
「斉藤さんには分かんないよ! どんなに食べても太らな……あ! ご、ごめんなさい……」
空腹のイライラもあって、思わずきつい言葉が出てしまった。
斉藤さん怒ってるかな……と思って、上目遣いで様子を伺うと、斉藤さんは笑ってお腹を撫でている。
「まあね。ここまで『腹の虫』を飼いならすの、結構苦労したんだよ」
「腹の虫?」
斉藤さんの言った意味が分からなくて思わず問いかけると「そう『腹の虫』。飼ってみる?」と笑って言った。
聞かれた言葉の意味が分からないものの、きれいな顔に人懐っこい笑みを浮かべて言ってくれたのが嬉しくて、私は「うん」と答えた。
すると斉藤さんは、私のお腹に細い腕を伸ばしてきた。
「えええっ!」
斉藤さんの手が、私のお腹に入った!
私のちょっと突き出たお腹の中に、斉藤さんの手首までが埋まっている。
「さ……さささ、さいと……さん……」
あまりの出来事に、まともに名前も呼べない。
「よし! これでもう、勝手に鳴かないと思うよ」
斉藤さんは、私のお腹をぽんと叩いて言った。
「あれ?」
斉藤さんの手がお腹に入ったように見えたのに、私のお腹はなんともない。もちろん、傷も痛みも何もない。見間違いだったんだ。
ほっとする私に、斉藤さんは細い人差し指を立てて言った。
「『腹の虫』を上手に飼いならせたら、食べても太らなくなるよ。でも、あんまり『腹の虫』に頼っちゃダメだからね」
「はあ……」
「じゃあね、バイバイ」
言われた意味が分からなくて呆然とする私を残し、斉藤さんは手をひらひら振って行ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!