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3、サファイアブルーの水槽-2
郁也は予算を無事使い切った。
買ったのは、春物のブラウス二枚と、明るい花柄のスカート。先に買った口紅と合わせて予算をオーバーした。これで淳子サンに報告出来る。
郁也は試着した服をそのまま着て帰って来た。凄く考えたが、その服のまま佑輔を待つことにした。
服が汚れてしまわないように、袖を捲ってエプロンを掛けて。
(ああ。何だかこれって……)
郁也は幸せの余り眩暈がしそうになる。
郁也は真志穂と別れた帰り途、ひとりで買い物に寄って来た。ドラッグストアとスーパー。話をしなくても済む店だが郁也は緊張した。
ドラッグストアに寄ったのは、女のコの格好をしていた方が不自然なく買える品々を揃えるため。幾つかをまとめ買いした。
そしてスーパーでは、疲れて帰って来る佑輔を思って、楽しく食料を買い込んだ。
郁也の母は、今ほど出世するまでは帰りが遅いことが多かったし、郁也が中等部に上がってからは、郁也を置いてアメリカの父の許へ一週間くらい出掛けてしまうので、郁也は自分で食べるものくらいは自分で用意することが出来た。
淳子ほど料理が趣味というのではないが、まあ、何とか食べては行ける。
玄関の鍵ががちゃがちゃ言った。佑輔だ。
「ただいまー」
佑輔がバスケットシューズの紐を解く。郁也は駆け寄った。
「お帰り。お疲れさま」
「郁……」
佑輔は靴を手にぶら下げたまま、無言で郁也を見つめた。
「何か、ヘン? おかしいかな、ボク」
郁也は自分の姿をあちこち見た。腕捲りをしてエプロン掛けて、手にはお玉。
「あ、あは。これじゃまんま『サ○エさん』だね。はは。おかしいよね」
佑輔はぐいっと大きく一歩進み、お玉を握る郁也の手首を掴んだ。
「俺の着てるもの、今すっごく汚れてんだ。くそ」
これじゃ抱き締められない、と忌々しそうに佑輔は呟いた。郁也の手首を掴んだ手は、爪が黒くなっている。
抱き締める代わりに郁也の頬にキスをして、佑輔は真っ直ぐ風呂場へ向かった。
脱いだものをそのまま洗濯機に抛り込む気配がして、風呂場の扉がバタンと締まった。ザーザーとシャワーの音が続く。
(佑輔クン……)
郁也はその場にへたり込みそうだった。
(ふふ。幸せ)
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