3、サファイアブルーの水槽-7

1/1

77人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ

3、サファイアブルーの水槽-7

「そ……か。H大の理学部にしたんだ」  矢口が静かに田端に言った。田端は真面目そうな目を細めて矢口に答えた。 「ああ。色々考えたんだけど。ウチの親ももう歳だし、何かあったとき、すぐ帰って来られるとこがいいかな、と思って」  何かと安心だろう。そう田端は付け足した。 「そうだな。安心だよな、実家から近いと」  矢口は相槌を打った。「色々考えさせられるよな、親ってヤツにはよ」と矢口は同情を口にしたが、その目は笑っていなかった。    矢口はいつの間にか、窓際の女たちの接待に回ったようで、時折起こる笑い声に矢口のトークが混じって聞こえて来た。  田端の隣で松山が言った。 「いやあ、実際、谷口には俺たちメーワクしてるよな」 「どうしてさ。ボクが何かした?」  郁也も負けていない。 「だってよお。俺たちみんな、女見る目おかしくなってるもんな」  松山が周りに同意を求める。佑輔はともかく、田端は深く頷いた。 「どーゆうこと」 「考えても見ろ」  松山は郁也をぎょろっと睨んだ。 「同世代の女との接触は一切なくて、お前を毎日見るんだぞ」  田端もうんうんと頷いて松山の意見に同調した。 「そうだよ。俺たち、もうその辺の中途半端な美人を見ても、全然キレイだって感じないもんな」 「そんな……」  郁也は絶句した。が、気を取り直して郁也は反駁を試みた。 「外見なんて幾つもある特徴のひとつでしかないんだから。ひとを判断するとき、そこにそう大した比重かけないでしょう」  松山はエラそうに「ちっちっち」と指を左右に動かした。 「甘い! 人柄や才能は付き合う内に段々分かってくるものだ。その点、外見はパッと目に飛び込んで来るんだぞ」  「……だから、何さ。それとボクとが、どんな関係があるって言うの」 「分からんヤツだな。大体お前がそんな顔するからだなあ」  そのとき真志穂が松山を呼ぶ声がした。 「松山くーん、このコ、何色系が似合うと思う?」  真志穂はテーブルにメイクパレットを拡げて、橋本を玩具にしようとしていた。橋本は髪をダッカールで止められて、もうすっかり真志穂にされるがままの体勢だ。 「ほら、女性からのお召しには、何をさて置いても馳せ参じる。それが紳士道の第一歩だよ君たち」  矢口がやって来て松山の尻を叩く。松山はようやく立ち上がった。 「ええっと、そうですね。橋本さんは肌白いから……」などと言いながら窓際の席へ向かう。 「君もほら、ぼやぼやしない」 と矢口は田端をも追い立てる。 「え? 俺?」  田端はぼけっとしていたが、矢口に急き立てられて仕様がなく、窓際のテーブルに向かった。 「ボクがどんな顔したって言うんだよ」  郁也は唇を尖らせてむくれていた。彼らが向こうへ行ったのを見届けて、矢口は口を開いた。 「でもまあ、お前の場合は、その外見に感謝しないとな」  いつから聞いていたのだろう。怪しいヤツだ。 「幾らこいつでも」  矢口は佑輔に向かって親指を突き立てた。 「お前がいかついゴリラみたいだったら、多分そうはならなかったと思うぜ」  郁也はもじもじと身体を捻った。そこへバッサリ斬り込んで来られると、弱い。向こうのテーブルでどっと笑い声が湧いた。真志穂が呼んだ。 「いくちゃーん。いくちゃんもおいで」 「はーい」  郁也は席を立った。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加