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3、サファイアブルーの水槽-7
「そ……か。H大の理学部にしたんだ」
矢口が静かに田端に言った。田端は真面目そうな目を細めて矢口に答えた。
「ああ。色々考えたんだけど。ウチの親ももう歳だし、何かあったとき、すぐ帰って来られるとこがいいかな、と思って」
何かと安心だろう。そう田端は付け足した。
「そうだな。安心だよな、実家から近いと」
矢口は相槌を打った。「色々考えさせられるよな、親ってヤツにはよ」と矢口は同情を口にしたが、その目は笑っていなかった。
矢口はいつの間にか、窓際の女たちの接待に回ったようで、時折起こる笑い声に矢口のトークが混じって聞こえて来た。
田端の隣で松山が言った。
「いやあ、実際、谷口には俺たちメーワクしてるよな」
「どうしてさ。ボクが何かした?」
郁也も負けていない。
「だってよお。俺たちみんな、女見る目おかしくなってるもんな」
松山が周りに同意を求める。佑輔はともかく、田端は深く頷いた。
「どーゆうこと」
「考えても見ろ」
松山は郁也をぎょろっと睨んだ。
「同世代の女との接触は一切なくて、お前を毎日見るんだぞ」
田端もうんうんと頷いて松山の意見に同調した。
「そうだよ。俺たち、もうその辺の中途半端な美人を見ても、全然キレイだって感じないもんな」
「そんな……」
郁也は絶句した。が、気を取り直して郁也は反駁を試みた。
「外見なんて幾つもある特徴のひとつでしかないんだから。ひとを判断するとき、そこにそう大した比重かけないでしょう」
松山はエラそうに「ちっちっち」と指を左右に動かした。
「甘い! 人柄や才能は付き合う内に段々分かってくるものだ。その点、外見はパッと目に飛び込んで来るんだぞ」
「……だから、何さ。それとボクとが、どんな関係があるって言うの」
「分からんヤツだな。大体お前がそんな顔するからだなあ」
そのとき真志穂が松山を呼ぶ声がした。
「松山くーん、このコ、何色系が似合うと思う?」
真志穂はテーブルにメイクパレットを拡げて、橋本を玩具にしようとしていた。橋本は髪をダッカールで止められて、もうすっかり真志穂にされるがままの体勢だ。
「ほら、女性からのお召しには、何をさて置いても馳せ参じる。それが紳士道の第一歩だよ君たち」
矢口がやって来て松山の尻を叩く。松山はようやく立ち上がった。
「ええっと、そうですね。橋本さんは肌白いから……」などと言いながら窓際の席へ向かう。
「君もほら、ぼやぼやしない」
と矢口は田端をも追い立てる。
「え? 俺?」
田端はぼけっとしていたが、矢口に急き立てられて仕様がなく、窓際のテーブルに向かった。
「ボクがどんな顔したって言うんだよ」
郁也は唇を尖らせてむくれていた。彼らが向こうへ行ったのを見届けて、矢口は口を開いた。
「でもまあ、お前の場合は、その外見に感謝しないとな」
いつから聞いていたのだろう。怪しいヤツだ。
「幾らこいつでも」
矢口は佑輔に向かって親指を突き立てた。
「お前がいかついゴリラみたいだったら、多分そうはならなかったと思うぜ」
郁也はもじもじと身体を捻った。そこへバッサリ斬り込んで来られると、弱い。向こうのテーブルでどっと笑い声が湧いた。真志穂が呼んだ。
「いくちゃーん。いくちゃんもおいで」
「はーい」
郁也は席を立った。
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