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prologue
僕は顔を覆っている。
鼻から顎まで布ですっぽり包み、ゴムで耳を通して布を固定している。回りくどい説明をしたが、要はマスクをしている、という事だ。
周囲の人間は僕によく、「息苦しくないの?」と聞く。
時に面白そうに、好奇の目で。時に面倒なやつを見る様な、冷たい目で。
大抵の場合彼ら、若しくは彼女らは、お付きの様に友人を侍らせてその質問をしに来る。返答の後気まずくならないように、「なにそれ」と顔を見合わせて嘲笑ができるように。
僕は、「別に大丈夫」と、そう言う。一番シンプルで、一番目を付けられない言葉で。
でも心の中での僕は、ずっと饒舌に返答する。
僕にとっちゃ、マスク無しの方が息苦しい。狭くて、凝り固まった、グチャグチャの世界で、よく息を吸えるよね。僕には無理だわ。マスクの中の、僕だけの空間。そこだけが一番、僕が息をできる場所なんだ。
僕を嘲笑する彼らを逆に嘲笑する、僕の心の中の、僕。「何だこいつ」って引いている彼らの顔色を窺う事もなく、のびのびと発言する。
その僕を、決して表に出してはいけない。周りの気を害してはならない。
幸いというべきか、僕は空気を読む、という能力を多少なりとももっている。周りの、特にその中の中心層の顔色を窺いながら、生きている。
それが、息苦しい。そんな仕組みで動いている社会が、気持ち悪い。
そんな事を言ったら、また気味悪がられるんだろう。何も喋らなくても、僕は神経質そうに見られるらしいし、余計に、だ。
真っ黒の髪は、厳しい先生なら目を付ける位のギリギリの長さだし、目は横長で、決して愛嬌があるとはいえない。おまけに常に付けているマスク。
僕はそんな僕自身も、あんまり好きじゃない。
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