episode.03

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 家に帰る途中で、少し雨が降った。  霧みたいに細かい雨だったから大丈夫だと思ってたけど、霧でも長く降ったらそこそこの雨量になる。  僕は折り畳み傘を携帯するタイプじゃないので、勿論今日も持ってなくて、自然の恵みを全身で受け取ってしまった。  カッターシャツがベッタリと肌にくっついて気持ち悪い。  家の鍵をリュックの中から見つけ出す。鍵穴に差し込んで捻る。  ノブを引いたら、途中でグッと止められる様な感覚があった。  あれ、と思う。どうやら鍵は開いていたらしい。僕が閉めてしまったみたいだ。  なんでだろう、と思いながら、今度はちゃんと開ける。  紺色のローヒールパンプスが、玄関にちょっと雑に置かれていた。  そういう事か。  母が帰って来てたみたいだ。  母は看護師だ。  そういや昨日は夜勤だった。  夜勤明けに帰ってきて、もはや鍵を閉める力も残っていなかったのだろう。  見るとリビングへの扉も開きっぱなしで、だから多分、リビングの隣にある、両親の寝室の扉も開きっぱなしなんだと思う。  リビングに入って、戸を閉める。片引タイプの引戸は、最近滑りが悪くなってきていて、動く度にバリバリと音がする。  階段を上れば僕の部屋だ。  階段の一段目に足を乗せる。  ガタリと、音がした。足元からじゃない。後ろから。 「あぁ、お帰り」  母が寝室から顔を出す。  彼女は、気怠げに頭を掻いた。  控えめに染めた茶髪は、根元が黒っぽく色落ちしてきていて、寝癖で少しぐしゃぐしゃだった。  帰ってきたままの格好で寝たせいで、春用のウィンドブレーカーは皺が寄っていた。  疲れて重そうな目元にはうっすらと隈があって、いつもより少し幼げに見えた。 「あ、ただいま」  首だけ振り返って、答える。 「どうしたの。グショグショ」 「雨。帰ってる途中で降ってきた」 「え、うそ」  母は窓の方に歩いていって、カーテンを少し乱暴に開ける。  「ほんとだ」と言ってカーテンを閉め、雨空を家から遮断する。 「傘は?」 「忘れた」  「忘れたの!」と、母は眉を寄せる。 「母さん夜勤だから、ちゃんと天気予報見といてって言ってたでしょ」  ちょっと苛立った声だった。  寝不足なのもあって、夜勤明けの母はいつもピリピリしている。  いつもよりも繊細に扱わなきゃいけない。  でもそれでしくじって、彼女の怒りに触れちゃうのが、僕というポンコツだ。 「ごめん」 「ごめんじゃないでしょ。風邪引いたらどうするの」 「はいっ。ごめんなさい」  返事がちょっと雑になった。  母はそれを見逃さない。 「真剣に聞いてるの? 大体こんな季節に何でマスクなんかっ」  ヤバい。更にめんどくさくなってきた。 「はいはい。ごめんなさい」  足早に階段を上る。  「ちょっと! (すぐる)っ」と、母の怒鳴り声が背中に打撃を与えた。  これが思春期だろうか。  気持ち悪くてダルいシチュエーションだ。
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