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母は“普通”が大好きだ。
でも、親ってそういうものなのかもしれない。
皆についていけるように。いじめられないように。
“ちょっと他と違う所”をなくそうとする。
全ては子供が少しでも幸せに暮らせるようにするため。
だけど、そういう温かな親心の筈のものが、実は子供を追い詰めていたりする。
母の姿勢も親心なのだろう。
彼女は、昔から僕に“普通”を提供してきた。
通わせる習い事の種類と、その時期。ゲームを買う時期。携帯を与える時期。
近所のお母さん、いわゆるママ友からそういう事を聞いてきては、僕にも同じタイミングで習い事に通わせ、機器を買い与えた。
でも、正直ゲームを与えたのは失敗だったと思う。同じ位の時に自室を与えたのも。
もともと消極的な性格だった僕は、暇潰しができるゲームと、独りになれる基地を手に入れ、更に自分の中に閉じ籠るようになってしまった。
ちょっと暗めの僕は、こうして出来上がってしまったのだ。
母の親心は彼女には不本意な結果を招いた。
それだけじゃない。マスクだ。
他者とあまり関わろうとしない息子は常にマスクを付ける神経質そうな中学生に育ってしまった。
“普通”を受け入れてくれない息子が、母はきっと嫌になっている。
何で僕はマスクをしているか。別に深い理由はない。
意外だろうか。
マスクを付け始めたのは、小学校六年生の冬からだ。
その時は顔を隠したい欲なんて、別になかった。
インフルエンザが大流行したその年、病気予防でマスクを付ける人が増えて、母は付けるのが“普通”だと、ドラッグストアで箱買いして渡してきた。
最初は、息苦しい、と感じた。
ちょっとマスクの中の温度が上がると、中がビショビショになって口に引っ付いてくるのが気持ち悪かった。
そのうち、楽だと思うようになった。
もともと顔にコンプレックスは少しあった。
周りよりも口が大きく、一瞬違和感を覚える位にはバランスが悪かった。
女子にちょっとチクッと言われた事もある。「優君て、口でかいよね」って。別にその子が好きだったとか、そんな事は全くなかったし、寧ろ苦手な方だったし。
だけど、直接言われると、ショックなのはショックだ。
いつの間にか、口を隠す事に、安心感を抱く様になっていた。
マスクを外した時の、「あ、あんな顔だったんだ」っていう、「イメージと違った」っていう視線が怖くなった。
僕はマスクに依存していったんだと思う。
ちょっと重いか。
母には、申し訳ないと思う。
だけど、彼女の望む通りに、マスクを着けずに生活する事はできない。
ここで従ったら、僕が僕じゃなくなる気がした。
僕の事を、僕まで否定しちゃいけないと思う。
リュックを学習机の横に降ろして、カーテンを開ける。
ジャッと、濁った音がした。
暗い空が僕の世界の天井を占領していた。
厚みのあるそれのせいで、世界はずっとずっと狭く窮屈に感じた。
僕は、どうしたらいいんだろう。
マスクを外してやろうか、といい加減な気持ちになって思った。
そうする気なんて、全くないのに。
貴方の言う通りにして、僕はこんなに傷付いて、辛い思いしてますよ、って母に知らしめてやろうかと思った。
そんな意地悪な自分に、ちょっとへこんだ。
センチメンタルな気分になった。
雨空がそうさせた。
窓を開ける。
待ちわびていたかの様に、急に大きな雨音が部屋に飛び込んでくる。
網戸越しに、細い線が幾つも真っ直ぐに下に降りていく。
僕は木偶の坊みたいに、暫くその様子を眺めていた。
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