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41-3
絋亮はまるで初めて調理実習をする子どものように、添える手を猫の手のようにして、恐る恐る包丁を使っていた。
「大丈夫そう?」
「細く切るのって難しいね」
そう答える手元の玉ねぎやニンジンは酷く不恰好で不揃いだ。
「最初のうちは誰でもそうだよ。何か手伝うことある?」
「大丈夫だよ。ちょっと時間が掛かると思うから、座ってくつろいでて」
「……分かった。怪我だけは気をつけろよ」
絋亮の意思を尊重して頭を撫でてから頬にキスすると、悠仁はコーヒーを淹れ直してからソファーに座ってテレビやスマホをチェックし始める。
ここしばらく見ていなかったSNSを開くと、HaLのアカウントにログインして投稿を見る。
何気なく画面をスクロールして過去の投稿を遡ると、慶太郎や他にやり取りのある面子の投稿に混じって、ヘドニス子の投稿があることに気が付いた。
本業が忙しいからしばらく活動を取りやめる。端的に言うとそんな内容の投稿だった。
いくつもコメントがついているが、彼女が返信した様子はない。
「絋亮、お前ドラァグクイーンやめるのか」
「え?なに」
「SNS。こんなのいつ書き込んだんだよ」
「ああ、それね。後で食べながら話そ」
「分かった」
料理の邪魔をして怪我をさせてもいけないので、悠仁はとりあえず了解の返事をすると、自分に来ていたコメントに返事を返してからログアウトして、テレビのニュース番組をボーッと眺めていた。
あんなことがあったのだから、絋亮がヘドニス子として表舞台に立ち続けることは、精神的な負担も大きいかも知れない。
実際、旅行や悠仁の実家に行っている間にも、二人宛てに弁護士から裁判に持ち込むまでの連絡は入ってきていた。
示談で済ませようと抗う向こうに対して、実刑がつくように動いてもらっているが、その判断が逆恨みの感情を育てないとも限らない。
自宅や仕事先までは把握されていないとは云え、私生活に入り込んでくるほど執着されていたのだ。少しでも警戒を緩める訳にはいかない。
けれどあんなにも楽しそうにヘドニス子として活躍している絋亮から、大切な場所を奪うような方法しかないのかと思うと、虚しくて憤りを感じない訳じゃない。
キッチンから香ばしい匂いが届いて我に返ると、悠仁はいつの間にか固く握りしめていた拳をほどいて小さく息を吐いた。
「出来たよ!たぶん」
「マジか。多分ってなんだよ」
絋亮の声に自然と笑みをこぼすと、ソファーから立ち上がって片付けや用意を手伝う。
「野菜にちゃんと火が通ってるか不安。大丈夫そうだけど」
「おー。美味そうじゃん」
出来上がった焼きうどんからは、懐かしい実家の香りがする気がした。
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