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地元もこの場所も、まとわりつくような熱気と蝉の鳴き声は同じだ。日射しが強い炎天下。どこも同じような夏が続いている。
「北海道行きたい……」
「唯太」
駅を出ると、江利子が待ち伏せていた。暑さにぼやいていた俺を見つけて、ひらりと片手を振った。素敵な黒髪をゆらしながら走るでもなくこちらへやって来る。
「江利子、来たんだ。暑かっただろ。俺の部屋で待ってればよかったのに」
「煙草切らしちゃって」
と言って俺に見せる緑のボックス。彼女が愛煙しているマルボロメンソールだった。俺は煙草のついでか。
アパートまでの道すがら、そういえば、とジーンズのポケットに手を入れて、ソフトパックを掴んだ。最後の一本を抜く。
「吸っていい?」
「どうしたの、そんなのいつも聞かないじゃない」
江利子は小さく笑いながら、どうぞ、と答えた。
「なんか妹といる感覚が抜けなくて。まあ、いたら吸えないんだけど」
「唯太、妹いるんだっけ。いいな」
「うん、いいよ」
素直に答えると、自然に口元が緩んだことがわかった。すぐに気がついたらしい江利子が、あ、笑顔、と言う。そして、めずらしいと付け足した。
「唯太、お線香の匂いがする」
「うん」
「ちゃんとお見送りできた?」
「どうかな」
安いライターで火をつけてたちまち溢れ出す白い煙が、夏の空へ上がっていく。ハイライトの匂いは、父を思い出す。
久しぶりに見た父の遺影はやっぱり笑顔で、変わらずに俺や悠花や母さんを見ていた。
父に向かって手を合わせたとき、ふいによみがえったのは幼い頃の夏祭りの情景だった。迷子になった俺を見つけてくれた父。ほんとうはあのとき、ずっと泣くのを我慢していたことを二十歳になった夏の日、ようやく思い出した。
江利子が、俺を見ているのがわかる。だけどそちらを振り向けない。わななく唇が地面に落とした煙草を、江利子がゆっくりと拾い、自分のポケット灰皿に仕舞った。
煙が消えても残るハイライトの匂い。大人になったら、俺は父さんと並んで煙草を吸いたかった。でも、それはもう叶わないことなのだと、今はじめて理解できた気がした。
江利子の細い手が、俺の手を取った。俺は空いた片手で自分の顔を覆い、涙を拭っても、足りない。全然、足りなかった。江利子に手を引かれながら歩道を歩く子どものような自分に、胸のうちで笑った。
「唯太」
アパートに着いて部屋に入ると、江利子が背伸びをして俺の頭をやさしく撫でた。
「たいへんよく泣けました」
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