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駅前で、妹を待っている。
これは過去の情景でもなんでもない、二十歳の俺の現在。
ベンチに座って煙草を吸いながら、まるまる去年ぶりに訪れた地元の駅前の景色を眺めていた。建物も人も増えた気がする。もともとそんなに田舎でもない場所なのに、これ以上増えてどうするんだろう。などと考えていれば、目先のロータリーに白のコンパクトカーが一台やってきた。煙草を仕舞い、車へ近づいて行く。
「お兄ちゃん、久しぶり! あっ、また髪伸びてる。切りなよ、見てるこっちが暑くなるんだから」
後部座席に乗り込めば、さっそく小言をくらう。
一つ下の妹の悠花は、俺と違ってハキハキ話す。表情も豊かだ。ついでに髪も、俺みたいな癖毛じゃない、サラサラストレート。
「久しぶり。これでもちょいちょい切ってるんだよ。悠花はずっと髪短いままだな」
「うん、短いほうが好きだから。来年成人式あるから伸ばそうかとも思ってるけど……。あ、そうそう、成人式の家族写真撮るんだから、その頃お兄ちゃんちゃんと帰ってきてよね」
「……悠花の成人式の記念品もブックカバーなのかな」
「そうやってすぐごまかす!」
怒りながらハンドルをさばく悠花を尻目に、ため息をつくようにシートにもたれる。免許取って半年とは思えないな。俺より上手いんじゃないか、車の運転。
車内はクーラーが効いているが、窓からは日光が容赦なく射し込む。動かない青空に入道雲の白がくっきりと浮かんでいる。
「ねぇお兄ちゃん」
「んー」
「やっぱり、髪長いほうがいいと思う? 成人式」
「悠花が好きなほうにしな」
後悔しないように、と付け足そうとしたのだが、なんとなくそこで言葉は途切れた。
ジーンズのポケットの中に入れた右手が掴んだもの。手の中でくしゃりと僅かに潰れる、水色のソフトパック。閉じた瞼が焼かれそうに熱い。
明日、父の三回忌だ。
父が逝ったのは、俺と悠花が高校生の頃だ。癌だった。末期の。倒れてから亡くなるまであまりに早過ぎて、その間父と過ごした記憶は正直曖昧だ。病室で見た父の最後の顔も、もうよく思い出せない。
なんて薄情な息子だと、俺を怒るだろうか、父は。
そういえば、父の怒った顔を俺は見たことがなかった。俺の記憶の父はいつも笑顔だ。
(……そうか)
とうとう笑った顔しか知らなかったのか、俺は。
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