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近所のスーパーで安売りのトイレットペーパーを二つ買い、そのあとコンビニで煙草を買う算段だったのだけど、失敗した。白くまアイス買ってあげるから、と言ってみても、十九歳の悠花には効かなかった。
コンビニの前を通り過ぎながら、仕方ない、とため息。それに、どうせ買ってもここじゃあ吸う隙さえなさそうだしな、とおとなしく諦めることにした。
「お兄ちゃん、ちゃんと自炊してる?」
家路の途中、眉間にしわを寄せた悠花に聞かれて、頷く。
「してるよ、わりと」
「ほんとに~?」
「ほんとだって」
「なんか心配。昔さぁ、お兄ちゃんがうどん作ってくれたことあったけど、やたら味濃かったし」
「味濃いほうがうまいんだよ」
「お母さんに、今度からお兄ちゃんには野菜しか送らないようにって言っておこ」
「悠花が言うと母さんほんとに野菜しか送ってこなくなるから。冗談通じないからな、誰かと似て」
「誰かって誰のこと?」
その後も悠花から近況について質問されるのに、俺は淡い夕暮れの空模様や、民家の塀の裂け目などを眺めたりして、ずっとよそ見しながら相槌を打っていた。
蝉と蜩の混じった声と、風鈴の音。ぬるい風にのせて、どこからか線香の匂いがする。お盆だもんな。ちょっと前までは、お盆の意味なんて、考えたこともなかった。
家まであと少しというところで、悠花からの質問が途切れた。しばらく沈黙が続いて、俺はそろりと横目に悠花を見た。うつむきながら俺の隣を歩く姿が、ちいさい頃の悠花と重なって見えた。
言うのかな、思った。
雰囲気でわかる。悠花は、俺が実家に帰ってきてからずっと何か言いたそうにしているのだ。それも近況などではなく、もっと何か後ろめたいような、深刻そうなことを。
「……お兄ちゃん、ほんとは家に帰ってきたくなかった?」
うつむいたまま、悠花が口を開いた。
「あたしがいるから?」
いつものハキハキした悠花の声ではなく、潰れそうなかすれた声だった。
一方俺は、悠花が何のことを言っているのか、さっぱり見当がつかないでいた。
「あたしが進学したから……。だからお兄ちゃん、あたしのこと憎たらしいって思ってる?」
進学、という言葉に、なんとなくだけど、悠花の言いたいことがようやくわかった。
悠花は今、私立の大学に通っている。勉強したい分野と、それを学びたい先生がいるからと。だからどうしてもその学校に行きたいのだと、悠花はすでに高校に入って間もない頃から口にしていたのだ。
俺は、父が亡くなったすぐ後に、自分の進路希望を変えた。進学をやめた。ならば就職という道ももちろん提示されたけど、なんだかんだで俺は今フリーターだ。実家を離れ、バーのアルバイトで生計を立てている。
どうやら悠花は、俺が泣く泣く進学の道を諦めて、それを悠花に譲ったのだと思っているらしい。たしかに、稼ぎ頭の父が亡くなって、もともと裕福な家庭でもない家には、子ども二人を大学に入れることは金銭面的に厳しいことは明白だった。
いや、だけど……。俺は自分の頭を掻いた。
悠花はちょっと、なんていうか、想像力豊かなところがあるんだよな、昔から。
ああそうだ、思い出した。お互い小学生の頃に、悠花が俺の分のアイスを食べてしまったことがあった。悠花は、俺がそれにめちゃくちゃ腹を立てて自分に素っ気ない態度をとっているのだと思い込んで、後から泣きながら俺に謝ってきたっけ。俺は自分のアイスが食べられたことさえ気がついていなかったのに(素っ気ないのはもともとだと思う)。
あのときも、夏だった。夕暮れだった。蜩に負けないくらいの悠花の泣きじゃくる声を覚えているから。いくら俺と母が宥めてもなかなか泣き止まなくて困った。父が仕事から帰ってきて、俺にくっついたまま泣きつかれて眠ってしまった悠花と、ただただ困っている俺の顔を見て、笑ったのだ。
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