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ふと、悠花を見てぎょっとした。悠花が黙って歩きながらぼろぼろと泣いていたから。
十八歳の俺が選んだ選択は、ただの自暴自棄だ。葬式を終えてから、なんだかなんにもしたくなくなってしまった。でもそんなどうしようもない理由も、悠花にとってはプラスだと思っていた。俺が選ばなかった分経済的に余裕ができたわけで、少なくとも今の悠花のためになっている。それだけが俺にとっては救いで、免罪符のようなものだった。なのに、悠花がこんなふうに思い詰めていたことなんて、俺は少しも気がつかなかった。
「悠花のせいじゃないよ」
気がつかなくて、当たり前だ。
去年帰ってきたときだって、俺は父の墓参りを終えたら逃げるように実家をあとにした。
「俺が進学しなかったのは、悠花みたいに大学行ってまでやりたいことなんてなかったから」
正直、帰ってくることは足が重かった。去年も、今年も。でもそれは決して妹のせいじゃない。いつまでも向き合うことに臆病になっている俺自身の問題だから。
新幹線の中で、実家までの車の中で、葬式の日の記憶が断片的に、けれど痛みすら覚えるほどに繰り返し頭を回っていた。
泣きじゃくる悠花、名前もわからない親戚の言葉、気にしなくていいと言った母のやさしい声。遺影の中の父の笑顔。
忘れたいとは思わないけれど、まるで責められているような感覚になった。どうしようもない自分、あの日泣けなかった俺に対して。
「ぜんぶ俺が自分で決めたことで、悠花のせいじゃないよ。悠花のこと憎たらしいなんて、思ったことないから」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
宥めるつもりで、悠花の頭をぽんぽんと叩いた。それでも疑念の視線を向けられて、内心たじろぐ。
「じゃあ、それなら最低年ニ回は顔見せてよ。お盆とお正月。……日帰りはナシだからね」
ズッと鼻をすすって、やや涙の残った声で悠花が言った。
「お兄ちゃんでしょ」
俺のTシャツの裾を細い手が掴んだ。俺は少し迷ってから、その手を掴んだ。
「ダメな兄ちゃんでごめんな……」
「……白くま」
「え、なに?」
「白くまアイス、やっぱり買って帰る」
「……戻るか」
通り過ぎたコンビニまで引き返し、アイスを買った。煙草は忘れた。
妹を泣かせてしまったのに、どうしてだろう。重たかった俺の心の一部が、たしかに、少しだけ軽くなっていた。
その日、十年ぶりぐらいに、妹と手をつないで家に帰った。
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