プライド

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 私にしか描けない絵なんてない。  画塾のデッサンでぼろくそに酷評された後の帰り道はいつもこうだ。アイデンティティがぐしゃぐしゃと崩れる嫌な音を聴きながら私は電車に揺られている。    私には才能がある。デッサンはだめでも色彩感覚は誰にだって負けていないんだ。なけなしプライドを守るかのように負け犬の遠吠えを心の中で繰り返している自分に自己嫌悪する。今もこうしてライバル達は自分と向き合っているというのに。自分が恥ずかしくてしょうがない。デッサンは積み重ねで誰でもうまくなると講師は言った。その誰でもできる積み重ねに向き合うことも出来ずにこうして電車に揺られる私にいったい何ができるのだろう。下を俯きながらマイナス思考のメリーゴーランドを繰り返していたら西日がぱっと目に飛び込んできた。  それにつられて外を眺めるとそこには一面の海が広がりぽつんと太陽が佇んでいた。始まりかけの夜の闇をすっぽりと吸い込んだような海は深い緑に染まっていた。その真ん中を切り裂くように一筋の光の線に目を奪われる。絵の具では表現しきれないような真っ白な光の輝きに私はくらっとする。沈みかけの太陽は美しかった。周りの人がなんと言おうと夕日はいつだって白色だとそのとき思った。その輝きに哀愁なんて感じない。どれだけ地平線に寝そべろうとも昼の時と変わらず輝き続ける太陽に責められているかのようにすら感じた。  「……ありきたりだけど描いてみよう」  私にしか描けない絵なんてない。夕日なんて誰でも思いつくテーマだ。何度考えてそう思う。  それでも私はあの夕日のように輝く何かを目指して今日も描かなきゃいけない。吹けば消し飛ぶ自尊心でもそれを持って生きることは私にしかできないことなのだから。
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