雨に結ばれて

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 硝子窓を打つ横殴りの雨。割れんばかりの激しい音。硝子を伝って落ちる雫を目で追いながら涙する新之介。戯れに音楽の授業前、ピアノに向かい、ショパンの「雨だれ」の前奏曲を弾く麻美の姿と彼女にマッチする美しい旋律とを回想しながらセンチメンタルになるのだ。  繊手のしなやかな流れるような指の動き、あれを目の当たりにした時、芽生えてしまった恋心は、今の雨さながらに激しくなるばかり。けれども、あれ以来、打ち明けられない儘、荏苒として月日は流れて行き、夏休みに至った今日も自分の部屋で激情に打ちのめされ、悶々としながら雨降る外を眺めるしかない自分。窓外から見た場合、窓枠内で雨に濡れる硝子とそれに歪められ透かされた、涙に濡れる新之助の顔とが妙に溶け合う。まるでメランコリーな男を描いた絵が額縁に収まっているようだ。  やがて彼は図書館で借りて来た本の栞を挟んだページを開いて読書を再開した。恋愛小説だろうか、だとしてもライトノベルではないだろう。  本を返却して図書館から出ると、夕立は馬の背を分けるで突然の雨に襲れた新之介は、図書館の庭に聳え立つ青々とした大桜の木の下に逃げ込み、雨宿りすることにした。梢や葉っぱから垂れ落ちる無数の雫または大量の矢のような雨足を見ながらまたしても涙する新之介。定めし麻美を思っているのだろう。すると、太い幹を隔てて彼が立っている反対側に駆け込んで来る足音が雨音に混じって聞こえて来た。 「はぁ、大変、大変。とんだ災難だわ。」  どこかで聞いたことがある声、まさかと思って新之介は一抱え以上もある太い幹を伝って裏側をこっそり覗いてみると、衣服についた雨粒を払っている同世代の女子が立っていた。  俯きながら払っているから顔はワンレンの垂れた髪で隠れているが、鍵盤を叩く時とは違え、繊手のしなやかな流れるような指の動きは確かに麻美だ。麻美に違いないと確信した新之介は、場所が教室でなく開放的なここであってみれば、心も開放的になるもので自分でも不思議な位、砕けた調子で少年がかくれんぼしている友達を見つけたように呼びかけた。 「やぁ、田中さん!」  すると、びっくりして顔を上げ、振り向いたのは矢張り麻美であった。「まぁ、吉田君・・・」二人は初めて呼び合ったのだった。ざあざあと雨降る中で、気が紛れたものか、「こんな風に会うとは奇遇だねえ」と新之介は照れながらも明るく言った。 「私、本借りに来たんだけど、天気雨だから直ぐ止むと思って一先ず雨宿りすることにしたの」 「僕は本を返して出て来た所で降られたからここへ駆け込んだんだ」 これだけのことが言い合えただけでも夢のようで今まで話せなかったことも夢のような気が新之介はするのだった。 「ふ~ん、何だか、すごい偶然ね」と麻美が言った後、にっこりとしたのを見て新之介は照れ笑いを浮かべながら頷いた。彼は彼女の態度が好意的に映ったのでちょっぴり自信を得てこの機会に是非とも告白しようと思ったが、どう切り出せばいいかと考えると、咄嗟には思いつかず、途端に喋れなくなった。  そうしてもじもじしていると、麻美が鎌をかけるように切り出した。 「ねえ、私たち、何で今まで喋れなかったのかしら?」  その時、雨が急に小雨になった。今にも止みそうだ。いつまでも雨宿りできるわけではない。もう、ここで告白しなければと新之介はのっぴきならない状況に追い込まれた。二度とこんなチャンスは訪れない、そうだと意を決した新之介は、震える声で、「ぼ、僕、今まで言い出せなかったんだけど」と話し出した途端、顔が真っ赤になり、「き、君がす、好きだ・・・」と訥々と呟いた。  既に雨がぱったり止んでいたので麻美はしっかり告白を聞き取れた。そして大桜を中心とした周辺だけ暗かったのが急に明るくなった。緑の葉を透かす日も木漏れ日も射す。大桜の上空に立ち込めていた黒雲が消え、再び明るい陽射しが射し込んで広がったのだ。その明るさに誘われるように麻美の顔が輝かしくなった。満面笑顔になったのだ。彼女は新之介に手を差し伸べた。紛れもなくOKのサインだった。  兎角、感傷的になりがちな新之介は、感涙しながら念願の繊手を握ることが出来た。夏らしく熱い感触。奇しくも二人を祝福するように青空には七色の虹がかかっていた。  
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