番外編 越後屋がいいと言ったら

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番外編 越後屋がいいと言ったら

やめろって…越後屋、そうやっていつも、いつも… 越後屋に後ろから抱きつかれながら、ようやく玄関の扉を閉めて、少し考えてから、鍵をした。体から力が抜けたところで、くるりとひっくり返されて、今閉めた扉に体を押し付けられると、唇が塞がれる。 海君、好きだ。好きだよ。ずっと 最低な行為だ。吐く息どころか、体中が酒臭くて、目は半分しか開いていない。酔っぱらって僕の元へやってくる時は、いつもこう。 酒の力を借りて、物事を進めようとする奴は大嫌いだ。 でも、それを利用して、いつも欲しいと思っている越後屋のぬくもりを求めてしまう僕が一番、大嫌いだ。 しばらく唇を動かして、それでも足りなくて、頬を舐め、鼻を噛み、耳に吸い付き、それで少しは満たされてその胸にしがみつく。 足を器用に使って靴を脱いだ越後屋に軽々と持ち上げられる。けれど、その足元はふらついて、ぐねぐねと歩いてたまに僕の体を壁にぶつける。 ごめんごめんと言いながら、やっとソファまでたどり着いて、僕を下にして寝転んだが最後。上から寝息が聞こえるのは時間の問題。 明日は覚えていてよと何度その寝顔にお願いしただろう。 かいと…かいとくん…海斗くん… ベッドには、赤い、耳まで伸ばした少し長い髪の毛が、薔薇の花びらかと見間違うほどに美しく散らばっている。 ベッドサイドに腰かけた僕は、その声を聞いて、白昼夢のような記憶の沼の中から這い出て、その声に答える。 「海斗君…なに考えてたの?僕といる時は、僕のことだけ見ていてって、いつも言ってるでしょう?」 僕より年下なのに、ひどく大人びている彼は、やや薄めの下唇を親指ではじいて、アイラインをひいているのかと疑いたくなるほどにくっきりとした二重の目を、ゆっくりと閉じて、また開く。 「ごめん…どうだった?その…気持ちいい?」 「うん…すっごくいいよ…このベッドの寝心地」 大型家具店のベッドに寝転ぶ男は、お面ライダーの撮影も始まり、ややお疲れ気味だ。その役作りのために染めた赤い髪が、街を歩くとひどく目立つ。しかし、まだ予告までで、放送が始まっていない今のところは、彼が「お面ライダードウヨ」であることに気付く人は少ない。 「今、布団で寝てるから、ベッド欲しいなーと思って来たけど。まだやめておこう」 「なんでよ。少しはお給料入ったんじゃないの?」 「ベッドって大きな買い物だろう?お面ライダーを成功させて、もっと役をもらえるようになって、タワーマンションに住めるようになったら、もっともっと大きくていいベッドを買う」 「素晴らしい。そうしなよ」 起き上がった僕のタイプどんぴしゃのイケメンは、もう僕の手を握ったり、あからさまな言葉で口説いたり、部屋に来いとは言ったりしない。事務所を背負って立つという自覚が産まれたのだそうだ。それも素晴らしい。 ベッドから立ち上がった男は、黒地に金色の縦ラインが右に1本入った、おかしな柄のシャツを違和感なく着こなしている。 顔が良くて背が高いって得だよな…そうじゃないか、こうしてこんなシャツを堂々と着てしまえばいいんだ。誰だって、着てしまえば体に貼り付くものだ。 「それで、さっきの話だけど、ノンケを落とす方法ってやつ」 「そんな風に言わないでよ…僕は、気持ちはこっちに向いてるけど、ちょっとその気にはなれないなーっていう奴を、どうやったらその気にさせられるかって…」 「簡単に言ったらそうだろ、ノン…」 「わかったよ、それでいいから…」 大型家具店で話す内容ではないと、僕も立ち上がってエスカレーターに2人で向かう。 「白いスーツを着て、薔薇の花を1本口にくわえてさ、愛してるって歌いたいんだ」 「やめとけー」 「歌、教えてよ。上手いだろう?芝居も上手いんだから」 冗談だと思っているのか、男は腹を抱えて笑いながら、そのうちにねと、相手にもしてくれない。 「海斗君の言葉で言うと、できるか、できないかだと思うよ。本当に好きだったら、できるでしょう。できなかったら、海斗君の恋人になる資格なんてないな、そんな奴」 赤い髪の男は、ポケットから紙切れを取り出すと、1枚僕に渡してくれる。僕はチケット代をディパックから出して渡す。酔ったら、できそうになるんだけど、とは、言えなかった。 「舞台って、こんな風にも使えるんだっていつも驚くよ。この劇団の芝居は」 「今回も、すごいよ〜。なんせ、僕を産んだ劇団だからね。素晴らしくないはずがない」 家具店は時間つぶし、小劇場への道を、夕方の光で髪色をオレンジに変えた男と歩く。 「海斗君、その人と上手くいかなかったらさ、僕と秘密の恋をしようよ。僕は本気だよ」 すごく僕好みの、イケメンが住む、タワーマンションでお忍びで会うのも悪くない。いや、シチュエーション的には、すごく憧れるんだけれど。答えはこうだ。 「越後屋がいいって言ったらね」
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