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パジャマのまま窓から星空を眺めていた池上萌音は、大きなため息をついた。小高い丘の中腹に建つこの別荘は萌音の両親が所有するもので、長期の休みに入ると必ず家族でやって来ている。
いつもならばここを起点にしながら父の車で出かけるのだが、父が急に仕事で呼び出されてしまった上、年の離れた姉たちは大学があるということで来られず、萌音は別荘から出ずに母と二人でのんびりと過ごしていた。
本当は今日は牧場に行って、動物の餌やりをしたり、ソフトクリームを食べる予定だったのになぁ……。でも明日にはパパも帰ってくるって言ってたし、それを楽しみにして今日はもう寝ようかしら……。
そう思うのに、まだ寝るのはもったいない気がして星空を眺めていた。
こんなきれいな星空、東京では絶対に見ることは出来ない。だからこの別荘が好きなの。見えないものが、こんなにも鮮やかに見えるんだもの。
その時だった。
「なにしてるの?」
突然男の人の声がして、萌音は驚いたように辺りを見回した。部屋には誰もいないし、窓の下に広がる広い庭にも人の気配はなかった。
「あはは! そっちじゃないって! こっちこっち!」
萌音が暗がりの中で目を凝らすと、別荘を囲むように建てられたレンガの塀の上に、誰かが腰掛けているのが見える。ただすぐ隣に大きな木があるため、その人物の顔は葉の影になって見えなかった。
知らない人と話したらいけない……母親からそう言われていたこともあって、萌音は口を閉ざしてすぐに部屋に入ろうとする。
「あっ、ちょっと待ってよ! 大丈夫、僕はここから動かないからさ。少しだけお喋りしない?」
恐る恐る振り返った萌音は、再び窓のそばへと歩いていく。少年のような声だし、話し方もどこか子どもっぽい。同じ年くらいだろうか……暗さでみえないため、想像するしかなかった。
「……絶対にそこから動かないって約束出来ますか?」
「あぁ、戻ってきてくれた! もちろん、約束するよ。じゃあお喋りに付き合ってくれるの?」
「……少しだけ。もう寝る時間だから」
何故かはわからないけど、その少年が笑っているような気がした。
「名前って聞いてもいい?」
「……嫌です」
「ふーん、君しっかりしてるね。じゃああだ名で呼ぼう。何か好きなものってある?」
「……モネの睡蓮っていう絵が好き」
それは画家の名前が同じだからと、母親が見せてくれた画集に載っていたものだった。
「へぇ、意外。うん、僕も好きだな。じゃあモネちゃん? それとも睡蓮だから、スイちゃんとか?」
少年の口から提案されたあだ名に、萌音の心がざわめいた。まさか本名を当てられると思っていなかったし、スイちゃんなんて可愛いあだ名を与えられたことに胸がときめいた。
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