望んだ色で咲くために。

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 *** 「ばかもん」  チューリップを元通りにしたい。そう頼んだ僕の脳天に、こつんと妖精チョップをかましてクルベットじいさんは言った。 「だから言ったろうに。普通にチューリップを育てろと」 「だ、だって……」 「だってじゃない。もうわかっとるんじゃろうが。……チューリップが咲くのは春になってからじゃ。他の子のチューリップみたいに球根が埋まってるだけの状態なら、折れたり枯れたりするようなこともなかったはずじゃろ?春に咲くチューリップが、秋に頻発する台風の風や、冬の寒さに強いわけがなかろうが」 「う、うう……」  それは、考えていなかった。確かに今回台風を乗り越えても、冬は一気に冷え込むはず。その寒さを、春の花が咲いたまま乗り越えられると、何故僕は思ってしまったんだろう。 「それにな。お前さん、チューリップを大事にしようとなんかしてなかったろう。そのケンちゃんとかいうお友達の言うことは間違っとらんぞ。今のお前さんなら、まともに花を咲かせることもできんかったわい。魔法にかまけて、初日しか水をあげなかったじゃろう?」 「!」  そういえば、すっかり忘れていた。魔法の力があれば、普通の世話なんかしなくていいと、そう思い込んでしまっていたがゆえに。 「わしは千里を見通す妖精、クルベットじいさんじゃぞ?お前さんのやることなんぞぜーんぶお見通しじゃわい」  ふん、とベッドの上でふよふよと踊るように飛び回りながら彼は言う。 「もう一つ、わしが怒っていることがある。お前さん、成長を早めただけじゃなく、色を勝手に赤に変えたな?本来は白いチューリップが咲く球根だったはずじゃ、ラベルにそう書いてあったからのう」 「……それも、やっちゃいけなかったことなの?」 「チューリップも生き物じゃ。喋れないだけで心はあるんじゃよ。……お前さん、自分に置き換えて考えてみろ。自分は黒髪黒目の姿が気に入ってるのに……親が“銀髪銀目の方がかわいいわ”って言って、お前さんの意思なんぞ関係なくいきなり銀髪銀目にしてきたらどう思う?お前さんは男の子でいたいのに、自分達は女の子がほしかったからって魔法で女の子に変えられて戻れなくなったら?」 「あ……」 「わかったかの。……お前さんがやったのは、そういうことじゃ」  言いながら、彼は何かの呪文を唱えた。  そして、そっと差し出す掌の先に、玉葱のような形をした茶色の物体を出現させる。僕は眼を見開いた。白いラベルがついた、球根。僕がちゃんと育ててあげずに枯らせてしまった、あのチューリップの球根だとわかった。 「誰だって、望んだ色で咲くために生まれてくる。人間も、チューリップも同じ。それを蔑ろにするような人間は、自分が蔑ろにされても文句なんぞ言えんのだ。……もう一度だけチャンスをやる。今度はどうするべきか、お前さんもわかっているな?」 「……うん」  僕はそっと、壊れ物を触るように球根を受け取った。最初にこれを先生から受け取った日、僕の心にあったのはどうしようもないケンちゃん達への対抗心だけ。  でも、今。僕の中に芽生えたものは違う。 「……そうだよね。チューリップだって……この子だって咲きたい色、あるよね」  お小遣いはそれなりに溜めてある。僕は自分のお金で鉢植えと肥料を買ってきて、教科書を読みながら庭でチューリップを育てることにした。  あの日のあの子に、してあげられなかった分まで。ちゃんと水を上げて、お世話をしながら。 「まずはゆっくり眠って、冬を越えてね。……焦らなくていいからさ」  この花が、望んだ色で咲く頃。  僕も本当の魔法使いになる資格を、得られているといいなと思う。  
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