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申し訳ないですと付け加えると、男はにっこりと微笑んでから
首を横に振った。
「いえ、今夜初めてお会いします」
そうですか、と自分に非が無いことにホッとした表情を浮かべたが、
すぐにえ?と首を傾げた。
会ったことがないのなら、どうしてバーのマスターだとわかったのか。
尚樹のさらなる警戒心を察して男は言った。
「ああ、ご心配なさらずに。常連客の長澤さんご夫妻から・・」
長澤、と聞いて尚樹の固まっていた筋肉がジワリと緩んでいく。
長澤夫妻の知り合いか。
それなら警戒しなくてもよさそうだ、と少し早まった心臓の鼓動を
紛らわすように照れ笑いを浮かべながらペコペコと頭を下げた。
「そうでしたか、長澤さんご夫妻に」
「はい。良き話し相手になってくださるはずだ、とおっしゃっていましたよ。 今度お店の方にお邪魔させてもらいます。では」
短く立ち話を終わらせると、男は尚樹がやってきた方向へと
立ち去っていった。後姿はすぐに闇に紛れてしまい、
突き当たった路地を右に行ったのか左に行ったのかもわからないくらい、すーっとその姿は見えなくなった。
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