路地で会った男、来店

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「ごちそうさま。また来るよ」  壁時計に見入ってしまっていた尚樹が慌てて男のほうを見る。 しかしすでに男の姿はどこにもない。ドアが開く音も聞こえなかった。 「おい・・なんなんだよ、これ」  どう考えても開いたとは思えない、音をたてなかったドアを見つめ、 それから視線が自然とカウンターの上へと動いていく。 ぽつんと置かれたグラス・・ 「あっ!金もらってないじゃないか!」  タダ飲みされた、と急に頭が正気に戻ったのだが、 よくよく見るとグラスはまったくの未使用、 つまり使われていないきれいな状態なのだ。  たしかにウィスキーを注いだ。氷も水も入れた。男も残さず飲み干した。 その姿を確かに見た。ここにある、白州の水割りを・・ 「あ、あれっ?酒が・・」  カウンターの内側に置いたまましておいた白州の瓶がない。 確かにここに置いたままにしてあった。 あとで棚に戻せばいい、もう一杯飲むかもしれないし、と。  くるりと背後の酒瓶の並ぶ棚を振り返る。そこに瓶が・・置いてある。 他の酒瓶たちと一緒に行儀よく整列している。  何から何までが不思議で恐ろしくなって、さっさと店を閉めて帰ろうと、 カウンターの角にわき腹をぶつけながら飛び出してドアに鍵をかけた。  裏口から出ると、冷たい風が尚樹の頬を叩く。 ダウンコートのフードをすっぽりとかぶり、 逃げる様な足どりで家路に着いた。
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