第1章:動き出した時間

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「オレがフラれたのだって、先輩が一生懸命にオレのことを考えてくれた結果だったと思います。逆に、先輩が昔と変わっていなくて、懐かしくなりました。やり直せるならもう1回、先輩と付き合っていた日に戻りたいくらいです」 「……それは、涼介くんの本当の気持ち?」 「え……はい、そうですよ。だって、先輩くらい可愛くて美人な人なんてそうそういないと思いますし、どれだけ自分のことを考えて気遣っていてくれていたのかが、先輩と別れてみて初めて分かりましたから」 「じゃあ……もう1回、やり直してみる?」 「え……?」  先輩からの思いがけない問い掛けに、オレは言葉を失った。それだけ、先輩が言っていたことの意味が自分の中で理解出来ていなかった。  先輩の表情を恐る恐る窺うと、先輩は瞳を潤ませながらも、真っ直ぐな視線をオレに向けていた。それは決して冗談とかそういうものではなかったし、何よりも先輩が本気であることの証明でもあった。 「でも先輩、彼氏は……」 「……いないよ。大学の頃に付き合っていた人はいたけれど、随分と前に別れたわ。それからはずっと、誰とも付き合っていないの。たった少しの間しか付き合っていなかったのに……私は涼介くんのことを忘れることが出来なかった。だから、昨年の夏に涼介くんがここの病院の職員通用口から出てくるところをたまたま見かけて、私は高校のときのことを思い出してしまった。だから……貴方を追いかけるようにして、この病院に来たの」 「えっ……じゃあ、この前の飲み会で偶然会ったのも」 「涼介くんがいるって知っているから、私も参加したの。ズルいよね……偶然を装った元カノが、忘れられない元カレを追って同じ職場に就職するなんて。涼介くんが知ったら幻滅するだろなって思って、本当は怖くて仕方がなかったの。ごめんね、本当のことを言わなくて。本当にごめんなさい」 「ちょっ、先輩っ、謝らないでくださいよ。先輩は別に何も悪いことをしていないじゃないですか。めちゃくちゃ驚いたのはありますけど……オレは先輩にまた会えるなんて思ってなかったですし、実際に再会できてめちゃくちゃ嬉しかった。あの頃のオレはまだまだ子どもで、何も分かっていなかったですけど……先輩を好きだってことは、今も昔も変わらないです」 「っ、涼介くん……!」  先輩が椅子から立ち上がり、そのままオレに抱きついてくる。椅子に座ったまま、オレは先輩を自分の膝の上に乗せるようにして抱きしめた。  抱きしめた先輩からは、あの頃と同じ匂いが漂ってくる。柔らかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり、まるで夢の中にいるような錯覚にさえ陥ってしまいそうになっていた。
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