112人が本棚に入れています
本棚に追加
瀬川先生との約束の日を迎えた週末。オレは病院からほどない距離にあるスーパーの前にいた。瀬川先生から指定された待ち合わせ場所がここだったのだ。
待つこと数分すると、瀬川先生がゆっくりとした足取りでこちらに歩いて来る。隣には見慣れない男の姿があり、オレは首を傾げた。
「やあ、待たせて悪かったな。こっちは、薬剤部の右京圭くんだ。今日はよろしく頼むよ」
「は、初めまして。薬剤師の右京と言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「あっ、あぁ……えっと、放射線科の南野涼介です。初めまして」
「よし。全員揃ったから、買い出しして向かうとするか」
瀬川先生に引き連れられるようにして、オレと右京さんは一緒にスーパーの中へと入っていく。
薬剤部とは普段からあまり交流は無かったため、右京さんという名前は聞いたことがなかった。それに、右京さんはどことなく控えめな印象があったため、例え薬剤部と交流があったとしても、飲み会の場に来る性格とは考えづらかった。そんな右京さんも、瀬川先生の意図が分かっていなかったようで、終始首を傾げていた。
そんなオレたちの考えをスルーするように、瀬川先生は酒やお菓子をカゴの中に次々と放り込んでいく。その量は、とても数人で消費するような量ではなかった。
「あの、瀬川先生? これってどういうことですか?」
「ああ。説明が後になってしまったのは謝るよ。とりあえず、適当にカゴに入れてもらって構わないよ。月野さんや吉田さんの方は、結衣が上手くやってくれてるはずだ」
「先輩が? 桐ヶ谷さんと?」
「月野さんもって、まさか瀬川先生!?」
未だに状況が理解出来ていなかったオレに対して、何となく右京さんは瀬川先生の意図を汲み取ったようだった。
そして、右京さんはご機嫌そうに買い物カートを押している瀬川先生を尻目に、オレに声を掛けてきた。
「あの、南野さん……吉田さんという人は、南野さんと付き合っている人ですか?」
「えっ? あっ、そっ、そうですけど……月野さんって人は?」
「……月野さんは、僕が付き合っている人です。栄養科の」
「えっ……えぇっ!?」
そこでようやく、オレは瀬川先生がやろうとしていることを理解した。まさか、こんな大胆なことをするとは思ってもいなかったので、オレは瀬川先生に大きな声で問い掛けた。
「オレたちが3人で買い物をしていても、別に怪しまれないだろ? 病院なネットワークがいかに優秀でも、男3人が一緒にいたところで噂にはならないさ」
「いや、そうじゃくてですよ! これから向かう先って、どこなんですか!?」
「心配するな。あそこはオレたちの秘密基地だよ」
買い物カゴにビールやワインを放り込みながら、瀬川先生はニヤリと白い歯を輝かせていた。
最初のコメントを投稿しよう!