第1章:動き出した時間

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第1章:動き出した時間

 大学病院の当直体制は豪華である。各科の医師が少なくとも1人は常駐しているし、それ以外の職種の人間も、それぞれ最低でも2人以上は配置されていた。夜間も救急車を積極的に受け入れている病院からしてみれば、これくらいの体制を敷いているくらいがちょうど良いのだろう。  放射線科も例外ではなく、夜間帯の当直は2人で行なっている。普段はレントゲン室とCT室で業務を分担しており、ときには血管造影など高度なテクニックを要する処置を夜間に行うこともあった。急患が少ない日もあり、そういった日は交代で仮眠を取っていた。  「今日は意外と急患が少なくて良いな。このまま朝まで何とも無いと良いなぁ」 「ああ、そうだな。もう12時だから救急外来の方も一段落してくる頃だし、これから救急車で来る人は、よっぽどの重症か酔っ払いだからな」  一緒に当直をしていた高橋と、放射線科の控え室で他愛もない会話を繰り広げる。救急患者も捌けたため、放射線科周辺の廊下は不思議なほどに静まり返っていた。 「特に何も無いようだし、時間があるうちに寝てきたらどうだ? どうせ、昨日も遅くまで飲んでたんだろ?」 「おっ、さすがは同期入社の鏡よ! いやぁ、昨日も合コンでさ! めちゃくちゃ可愛い子がいて、ついつい遅くまで飲んじまってさ!」 「……あまり火傷しないようにしろよ」 「分かってるって! じゃあ、適当に休んでくるわ! 後で交代するからよ!」 「ああ、ゆっくり休んできて良いぞ」  このまま一緒にいても騒がしいだろうと思ったため、さっさと高橋を仮眠に行かせることにした。放射線科の奥にある控え室の更に奥の扉の先には簡易ベッドがあり、そこでオレたち放射線技師は仮眠を取っている。レントゲンやCT撮影のオーダーが入った場合は控え室にある電話が鳴る仕組みになっていて、残った自分がその対応をすることになる。 「さて……眠気覚ましにコーヒーでも飲むか」  控え室にあったコーヒーサーバーのボタンを押すと、細かく機械音が鳴り響き、やがてブラックコーヒーがゆっくりとコーヒーカップに注がれてくる。シュガースティックを数本入れ、オレは控え室にあったデスクトップの前に座りながら、本日の救急患者のカルテを眺めていた。
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