第1章:動き出した時間

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「んん〜、マナちゃ〜ん……むにゃむにゃ……」  しばらくデスクトップを眺めていると、奥の仮眠室から高橋の鼾声と寝言が入り混じって聞こえて来る。昨日の合コンの疲れが残っていたのか、高橋は深い眠りについているようだった。誰か知らない女の名前を呟いていたのは、聞かなかったことにした。  高橋の鼾をBGMに眠気を堪えていると、ふと放射線科控え室の扉の外に、誰か人の気配がしたような気がした。救急患者であれば救急外来から連絡が来るはずであり、放射線技師以外のスタッフが夜間帯にここのフロアに来ることはあり得なかった。放射線科があるフロアは1階の1番奥のエリアにあり、放射線科に用がない限りは足を踏み入れないフロアであった。  扉の外に感じる気配に不信感を抱いていると、やがて扉をノックする音が聞こえて来る。返事をするかどうか迷っていると、その扉がゆっくりと音を立てて開いていった。 「すみません……」 「え……吉田先輩……?」  控え室の扉を遠慮がちに開けて中に入って来たのは、何と吉田先輩だった。回転式の椅子の背もたれに寄りかかっていたオレは、思わず身を乗り出して先輩の方へと向き直る。  どう見ても仕事帰りと呼ぶには遅すぎる時間なのだが、吉田先輩はまさに今仕事が終わった帰り道というような服装をしていた。先輩がここにいる理由が理解出来ないでいたオレは、先輩にどんな声を掛けたら良いのか分からなかった。 「あの……今日の当直表で、涼介くんが放射線科の当直であることを見たの。この前の飲み会で、放射線科は2人で当直をやっていて、暇なときは交互に仮眠に行くんだって、放射線科の人から話を聞いたの。だから、ここに来れば涼介くんと会えるかなって……だから、ここに来たの」 「いや、あの……確かにオレは今日当直ですし、一緒にやってる高橋は今仮眠に行ったますけど……どうして今日ここに?」  連絡先は前回交換してあるため、何か用事があればメールでも構わないはずだった。  オレが率直な疑問を先輩に訊ねると、先輩は両手を腰の後ろで組みながら、何かを言いたそうにしていた。先輩の意図を図りかねていたオレは、首を傾げながら先輩の返答を待っていた。 「涼介くんに……直接会いたかったの。今日、どうしても……」 「え……どうしてですか?」 「会いたくなったから来た……じゃ、ダメ?」 「っ……」  反則的なまでに可愛い上目遣いをしていた先輩に、オレは慌てて近くにあった椅子を差し出す。先輩の言ってることが分からないでいたオレは、内心めちゃくちゃ慌てふためいていた。  椅子に座った先輩は、恥ずかしそうに頬を少しだけ赤くしているようだった。
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