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いつか手にかけるもの(魔術師の逆位置)
彼の破壊基準は至って簡単、必要かそうでないか。必要であれば保持し、不要であれば容赦なく破壊する。それが彼の中にある基準だ。
「何やってんだ主……」
「あ、逆マジシャン。いるものといらないものとを分けているの。最近物が多くなってきちゃったから、たまにはこうして整理しないとね」
部屋の整理を兼ねて、身辺整理をしていた私に、逆マジシャンこと『魔術師』の逆位置が声をかけてきた。彼の手にはいつも何かしら物騒なものが握られているのだが、今回は珍しく何も持っていなかった。私からの回答に、まったく興味のなさそうな反応を見せながら、ふと彼はあるものをじっと見つめていた。
「……」
「ああそれ? 私が小さいころから持っているぬいぐるみ。その子は捨てないから、いったんそこに座らせてるの」
彼が見ていたものは、私が幼少時代に買い与えてもらった猫のぬいぐるみ。当時よりもかなりくたびれ、ふわふわだった毛並みもぺたんとしているものの、お気に入りの子の一つである。手足にペレットが入っている為、基本的にはどこでも座らせることは出来るが、一旦の避難場所として、ぬいぐるみ用の椅子に座らせている。
「随分と、大事にしているんだな」
「うん、その子は私の小さいころからずっと一緒にいた子でもあるし、私のすべてをいつも見守ってくれていたからね。これからも近くで見守っていてほしいと思う」
相変わらずじっと見ている彼が気にはなったものの、本人から何か言うまで待っていようと作業を続ける。程なくして彼から触れてもいいか聞かれた。構わないと答えると、彼にしてはやけに慎重な様子でぬいぐるみを抱き上げ、頭を撫でたり、ぎゅっと抱きしめたりし始めた。普段の彼の態度とは真逆の行動に驚いて手を止めると、彼が口を開いた。
「……昔、俺にも大事にしてたもんがあった。それ以外のものがどうなっても、何も思わなかったがそれだけは誰にも譲れなかった。それくらい俺にとっては大事なもんだった」
「……大事なものがあるっていいことじゃない」
「だろ? けど、今はもうねえ。俺がこの手で破壊しちまったからな」
彼は優しくぬいぐるみを椅子に座らせてから、私に向き直って言った。その目はいつもよりも悲しそうに見え、私は困惑した。なんて声をかけようか迷う私をよそに、彼は話を続ける。
「その時は、それが一番いいって思ったんだ。進むためには捨てなきゃなんねえものがあるってな。だから何の抵抗も感じなかった……はずだった」
「……後悔、しているの?」
「どうだろうな……俺は不要なものしか破壊しねえから、きっとそいつも不要なものだったんだとは思う。だから今もあの時の俺は間違ってねえって、堂々と言える……けど、違和感を抱いちまう自分がたまに嫌になる時がある」
だから、と彼は力なく笑いながらこう言った。
「いつか、俺のこの違和感も破壊する予定でいる。今はまだそこまで気にはならねえが、今後の妨げになるようなら……」
「……待って」
彼の言葉を遮って私は彼を止めた。少しだけ目を見開く彼を、優しく抱き寄せてから言った。
「大事なものを破壊して、悲しかったでしょう。ぽっかりと空いたみたいになって、苦しかったでしょう。ならまた大事なものを見つければいい、一度破壊したものは復元できないけど、別の形を作ることは出来る……あなたにだって、作る権利がある。破壊という言葉に縛られないで」
彼は『破壊』を司る存在とされているが、『創造』の権利がないわけじゃない。破壊は、別の道を作るきっかけになることだってある。破壊する事しか許されていないと、思い込んでしまった彼が起こした行動は、彼の大事なものにまで手をかけてしまうことになった。それが自分の定めだからと、必死に自分に言い聞かせていたのだろう。
だけど、彼にも作り出せるものはあるはずだ。マジシャンのようにはいかないかもしれないが、彼にしか作れないものがきっとある。
「破壊神の俺に、作る権利があるってか……相変わらずお前はおもしれえよな」
抱きしめ返しながら、彼はいつもの調子で笑った。その目に、涙が溢れているとは知らずに。
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