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他人の不幸は蜜の味(隠者の逆位置)
心の底から自分の不注意さに落胆した、何故こんな所で? と強く思った。
自分でいうのも悲しくなるだけだが、かなりドジである。回数こそは減ったものの、何もないところで転んだりすることがよくある。
細心の注意こそは払っているつもりだが、それでもこけたりしてしまうことがある。唯一の救いは、毎回軽傷で済んでいるということだろう。
「孫よ、ずいぶん派手に転んだようじゃな。地面に血が滴っておるぞ……ひひひ」
「見てないで助けてよ、逆じいちゃん」
そんな無様な私を見ても、手を差し伸べるどころか、笑って通り過ぎようとする肝の据わった彼の態度に、毎回の事ながら驚きを隠せない。
逆じいちゃんこと『隠者』の逆位置は、他人の不幸を見つけては不気味に笑いながら通り過ぎるという、何とも悪趣味なことを好んで行う。
それは主であろうとなかろうと関係ないようで、どこからともなく現れては腹の立つ笑顔を向けてくる。ひどいときにはお腹を抱えて笑っているときもあるくらいだ。
その態度を指摘したところで聞く耳を持たないことは目に見えているし、本人も改める気はさらさらないようなので、最終手段のこちらが諦めるという選択肢を選ぶことにしている。
「ひひひ……痛むじゃろう。どれ、わしが特別な薬を塗ってやろう……ひひひ」
「なんか嫌な予感がするけど……このままにしておくのも嫌だからお願いしようかな……って何塗ってるの!」
珍しく優しい事をすると思いきや、私の擦りむいた足に向かって、蜂蜜を塗ってきた。
ここはアロエとかだろうと別のツッコミを心中でしつつ、べたべたになった足を指差して叫ぶ。
対する本人は何も気に留めることなくさらに塗ろうとしてくる。
「昔から言うじゃろう、他人の不幸は蜜の味じゃと……」
「それはそうだけど何もリアルにしなくてもいいでしょうが! なんか優しいと思ったらいつもこうなんだから!」
「蜂蜜には保湿効果もあるのじゃ、乾燥したところにはうってつけではないか、我儘はいけんのぅ……」
逆じいちゃんにとって、私のこの抵抗は我儘に入るようだ。確かに蜂蜜は人体へ良い影響を与えてくれるものではあるが、誰も傷口に塗れとは言っていない。
仮に塗るにしても、傷口をきれいに洗ってからで無ければ意味をなさないだろう。
「人が言い出したことを実行しとるだけなんじゃが、何をそこまで嫌がるのか……不思議よのぅ……」
「その発想になる逆じいちゃんに驚きだよ……でも確かにそうだね。他人の不幸は蜜の味って、誰が味見したんだろう……」
「人間の作り出す言葉など、意味をなさぬものばかりじゃ。それに翻弄されるのもまた人間とは……愉快愉快じゃひひひ……」
「言っていることはもっともだけど、それを楽しんでいるその思考には頷けないな……」
「おやおや、実際人間の方が人の不幸を笑いものにしているではないか。同じ人とはいえ、簡単に裏切ることのできる人間の方が余程恐ろしいものじゃよ」
逆じいちゃんのこの態度には、警告の意味が込められている。現実はこれよりももっと恐ろしい、だから今のうちに引くようにという、彼なりの気遣いであるということは分かっていた。
「そうだね、笑いものにしている人がいるからこんな言葉が生まれたんだもんね。やっぱり人間って怖いや」
「ようやっと分かってきたようじゃな……せめて自分だけはそんな人間にならんようにな……ひひひ……」
「逆じいちゃんのおかげでならないで済んでるよ、やっぱり人から笑いものにされるのは不快だもん。自分がされて嫌だと思うことは、人もされたら嫌だと思うことだと思えって、教えてくれた通りだね」
「孫よ、人は経験しなければ学ばん。そのくせ大きくなれば誰も何も言わなくなるものじゃ。せいぜい今のうちから学んでおくがよい……ひひひ……」
反面教師のように、実際に行動や態度で示してくれる逆じいちゃんの優しさ。彼も好きでこんなことをしている訳では無い。いつか、こんなことをしなくてもいいようにしてあげたいと、強く思うのであった。
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