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サキュバスと朝チュン
コエナというサキュバスが居る自室の隣、客間のベッドで植上は横になっている。
非日常が文字通り空から降ってきて、なんだか物凄い疲れた。
眠れるのか不安だったが、それは杞憂に終わり、植上は眠りにつく。
朝になり、植上はなんだか温かい感触を手に感じて目覚める。
目の前に居るのは長い茶髪の…… 一糸まとわぬサキュバスだった。
「ぐげえええええ!!!!」
朝の目覚めに相応しくない奇声を上げて飛び起きる。
「あ、ダーリンおはよう」
眠そうな目をこすってコエナも目を覚ました。
「ちょっ、おまっ、な、何があった!? っていうか、何でここに!?」
「えー、ダーリンを感じて寝たかったんだもん」
それより問題は相手が裸なことだ。まさか何か間違いがあったのではと植上は心配になる。
「な、何もしてないだろうな?」
「ナニかしてた方が良かった?」
クスクスと笑うコエナに背を向けて言った。
「良いから、僕の部屋にある服を適当に着ろ!!」
「はーい」
居間のソファに座って頭を抱える。どうにかしてあのサキュバスを追い出さないと自分の貞操が危ない。
「おまたせー!」
声がして後ろを振り返ると、そこにはワイシャツ1枚羽織ったコエナの姿があった。
「お前もっと他に服あっただろ!!!」
「彼シャツって奴ぅ? どう似合う?」
「いいから着替えてこい!!」
「えー」
コエナは渋々Tシャツとデニムのズボンに着替えた。Tシャツはサイズが大きく、下着を付けていないので色々とアレだが、さっきよりはマシだろう。
そこで不思議に思ったことがあり、植上は尋ねる。
「そういやお前、背中の羽は?」
「あー、羽は仕舞えるんだよー。もしかして羽フェチ? 出しといた方が良い?」
「いや、そんな趣味は無い。気になっただけ」
コエナは「ふーん」と言った後に両手を目の前で合わせ、明るい顔をした。
「そーだ! ダーリンに朝ごはん作ってあげる!」
「いや、別に良いから」
「遠慮しなくて良いんだよー?」
コエナは勝手に冷蔵庫を開けて中身を物色する。
こいつ料理出来んのかと植上は思ったが、下手なら下手でさっさと追い出す口実になるし、まぁ良いかと考えた。
しばらくソファに座ってサキュバスについて調べる。自分の嫌いなビッチだという事は知っていたが、それ以上は知らない。
「ダーリン、お待たせー!!」
机に近付くと、意外にも美味しそうな朝食が並んでいた。
トーストとベーコンエッグ。コンソメのスープだ。
「何か変なもん入れてないだろうな?」
「ダーリン酷い!!」
ちょっとショックを受けているコエナを見て、作ってもらって今のは言い過ぎたかなと思ったが、特に謝罪はしない。
「それじゃ、いただきます」
「いっただきまーす!!」
味もそれなりの物だった。食事が中ほどまで進んだ頃、コエナが話し始める。
「ダーリン、私のお料理美味しいでしょ?」
「まぁね」
「だから私を彼女に……」
「する訳無いだろ……」
スキあらばそればっかり考えてるなと植上は呆れる。
「ねーねー、体だけの関係で良いから!! その、処女の彼女が見つかるまでで良いからー」
「ダメだね。僕は処女に対して誠実でいたいの」
その言葉を聞いて、コエナの頭には疑問符が浮かぶ。
「『せいじつ』って?」
「いいか、僕は処女の子を求める代わりに自分もそういった経験をしないでおきたいの。そうじゃなきゃ求めるだけのクソ野郎になっちゃうからな」
理想を語る植上にコエナはジト目で答える。
「へー、ダーリン面倒くさい性格しているんだね」
「お前に言われたくないわ!!」
植上はビシッとツッコミを入れた。
「そんなんじゃ一生彼女出来ないよー?」
「別にそれならそれで良い。妥協をするぐらいなら理想に殉じる」
朝食を食べ終えると植上は「ごちそうさま」と言って自室へ戻っていった。その後ろを当たり前のようにコエナが付いてくる。
「ねーねー、ダーリン今日はお仕事お休みなの?」
「在宅ワーク……、っていうか僕の仕事は説明が難しい。色んな事をこなして、少額ずつ金を集めて生活する感じだよ」
植上はフリーランスで、依頼の仕事をこなしつつ、投資やウェブライター、その他、色々な事をこなして金を稼いでいた。
天井に空いた穴をどうにかする前に午前中の業務を終わらせなければいけない。
個人事業主やフリーランスは自由で良いという者も居るがとんでもない。手を止めたり、信用を失えばあっという間に無職なのだから。
「それよりも」と言って椅子を回転させて振り返る。
「だいぶ元気そうじゃないかお前?」
「えっ? いやっ? ま、まだちょっと肋骨とかアキレス腱とかがちょっと……」
昨日まであった傷は良くなっているようだった。流石はあやかしと言った所だろうか。
「お前こそ」
「やー!! コエナって言って!! 名前で呼んで!!」
植上は呆れながら「はいはい」と言って言い直す。
「コエナこそ仕事やら家やらはどうなってるんだ?」
その質問をするとコエナの顔がぱぁっと明るくなった。あぁ、聞いて欲しかったんだなと丸わかりだ。
「私ね!! 日本に憧れてやって来たの!!」
「日本に?」
「ほら、サキュバスって悪魔じゃん? 宗教によってはイモムシよりも嫌われるから」
「それはお気の毒に……」
イモムシより嫌われると聞いて、流石にちょっとだけ不憫になる。
「でも、日本ってそういう『あやかし』にも寛容だって聞いたから!! それに治安も良いみたいだし」
「確かに日本人ってファンタジー大好きだし、熱心に宗教やってますーって人もそんなに多くないからな」
「でしょ!?」
何故かコエナが得意げに胸を張った。
「それならば、サキュバスが好きって人の所に行けば良いんじゃないのか? 結構いると思うぞ?」
「えー、だって私ぃー」
もぞもぞと赤面してコエナは言う。
「ダーリンの事、本気で好きになっちゃったんだもん」
それに対して植上は冷ややかに言葉を返す。
「その本気で好きになるって僕で何人目だ?」
「うーん……、5人目かな?」
「ってことは僕は5番目って事か。そういう昔に男が居るってのがマジで無理」
そう言われ、コエナは必死になって主張を続ける。
「でもでも!! 今はダーリンが1番だし!!」
「僕は、今と同じぐらい過去も大事だと思っている。自分の彼女に過去に愛し合った男が居るという事実に耐えられない。気持ち悪い、吐き気がする」
植上に否定され続けて流石にコエナもしょんぼりとし始めてきた。
「とにかくだ、僕じゃなくて、コエナを大事にしてくれる人を探しな」
「やだ、ダーリンじゃなきゃヤダ!!!」
また面倒なのに好かれたなと植上はため息をつく。見た目だけは良いのだからせめて処女であったらと。
そんな二人を上空から眺める『あやかし』が一人居た。
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