■ 洛中 帰り道

1/1
前へ
/18ページ
次へ

■ 洛中 帰り道

「こたびはようでかした。褒美はいずれ取らせるうえ、心してまつがよい」 輿のなかから羽栗卿がなんか言ってる。俺は恭しく頭を下げた。べつに褒美なんかほしくなかった。ただ、あの貴族然としたやつらに、俺ら下々庶民のくらしが、いかに創意と工夫に満ちているか伝えたかっただけだ。 「ねえ、これからどうすんの?また山にこもるの?あたし着替えとか用意しなくちゃなんないなあ」 ちえはどうでもついてくる気満々だ。 「そうだなー、山はもう雪が降ってきそうだし、寒いのは嫌だし、洛中のどこかでまた料理でもすっかな」 「ちょ、あきれた。料理って、賄い方やあたしがほとんどやったんじゃない」 「そりゃまあそうだけど、知恵絞ったの俺だし、ちょっとは手伝ったろ」 「水汲みとか火の番とか」 「すいませんでしたー」 おまえだってつまみ食いばかりしてたじゃないか、こんにゃろ。 「でもみんないい顔になって帰っていったじゃない」 「そうだね。子供みたいな顔でね」    瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして偲はゆ何處より来りしものそ     眼交にもとな懸りて安眠し寝さぬ 「なによそれ」 「いい顔ってこと」 「なに言ってんのかわかんない」 「あーあ」 空にはずらっとうろこ雲。もう秋の冷たい風が山から吹き降ろしてくる。それでもにぎやかに歩く若い二人を、すすきの穂がたなびき、見送っていく。夕焼けはそんな二人を照らし、その影を平安の都にと溶け込ませていった。   佐伯 眞魚   のちに得度し、空海と名乗る。遣唐使として唐に学び帰国後、仏教の興隆に大きく貢献する。  そしてそののち、弘法大師の名で、世に知られる。 ――おわり
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加