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■ 洛中 帰り道
「こたびはようでかした。褒美はいずれ取らせるうえ、心してまつがよい」
輿のなかから羽栗卿がなんか言ってる。俺は恭しく頭を下げた。べつに褒美なんかほしくなかった。ただ、あの貴族然としたやつらに、俺ら下々庶民のくらしが、いかに創意と工夫に満ちているか伝えたかっただけだ。
「ねえ、これからどうすんの?また山にこもるの?あたし着替えとか用意しなくちゃなんないなあ」
ちえはどうでもついてくる気満々だ。
「そうだなー、山はもう雪が降ってきそうだし、寒いのは嫌だし、洛中のどこかでまた料理でもすっかな」
「ちょ、あきれた。料理って、賄い方やあたしがほとんどやったんじゃない」
「そりゃまあそうだけど、知恵絞ったの俺だし、ちょっとは手伝ったろ」
「水汲みとか火の番とか」
「すいませんでしたー」
おまえだってつまみ食いばかりしてたじゃないか、こんにゃろ。
「でもみんないい顔になって帰っていったじゃない」
「そうだね。子供みたいな顔でね」
瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして偲はゆ何處より来りしものそ
眼交にもとな懸りて安眠し寝さぬ
「なによそれ」
「いい顔ってこと」
「なに言ってんのかわかんない」
「あーあ」
空にはずらっとうろこ雲。もう秋の冷たい風が山から吹き降ろしてくる。それでもにぎやかに歩く若い二人を、すすきの穂がたなびき、見送っていく。夕焼けはそんな二人を照らし、その影を平安の都にと溶け込ませていった。
佐伯 眞魚
のちに得度し、空海と名乗る。遣唐使として唐に学び帰国後、仏教の興隆に大きく貢献する。
そしてそののち、弘法大師の名で、世に知られる。
――おわり
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